春の気まぐれな風が俺の横を通り過ぎてく。
その気まぐれな風は俺に昔の恋の記憶も一緒に運んで来てくれるから厄介だ。
「やぁ突然すまないね…元気そうで何よりだよ。」
荒木先生の声が俺を現実に引き戻す。
「いえ。僕の方こそ色々とお世話になった荒木先生に中々ご挨拶にもお伺いする事が出来ず申し訳ありません。」
手慣れた社交事例を言って、軽く頭を下げる。
荒木先生は、祖父の昔からの友人で80を過ぎていて、歳のせいか俺の記憶の中の先生よりも少し痩せてて弱々しく見えた。
「ははっ良いんだよ改めて畏まらなくて。それにしても継人君は、本当に麗人にそっくりだよ。」
昔と変わらず優しい笑みを浮かべ成長した俺を祖父と重ねる。
「ちょっと待っててくれないか?」
先生はそう言って、家の奥から何より古びた本と一枚の書類を取り出し僕に手渡した。
「これは?」
「その二つを君に引き取って欲しくて。」
そう言って先生は、俺の顔をじっと見つめた。
書類に目を通すとどうやらある土地の権利書の様だ。そして権利者の欄に俺の名前が記載されている。
「その二つは、私が生前の麗人に預かってた物でね。私は、明日から介護施設で過ごす事になるからその土地を管理する事が出来なくなってね、日記を読んだ私の勝手な一存で既に君に権利を移してある。その日記も君が持っていた方が良いと思ってね。」
先生の言葉には、強い意思の様なモノを感じた。
正直祖父の残したこの二つのモノをすんなり受け取る気にはなれなかったが、先生の強い意思の様なモノを感じた俺は、その二つを先生から譲り受ける事を決意した。
「解りました。Taxiを外にまたせていますし来て早々すいませんがこれで失礼します。」
「ありがとう。」
無愛想な俺に感謝する先生の笑顔は、少し寂しげな色を帯びていた。