いつもの放課後、千代が優雪の教室に行くと優雪達は帰り支度を整えていた。
 「千代ちゃん、今日は先生の用事があるからここ、使えないの。十分後には退出しなきゃいけないんだ。せっかく来てくれたけど。今日は家でやらない?」
優雪が千代に気づいてそう言った。 
 優雪の家。初めてだ。
 千代はわくわくした。

 学校から十分ほど歩いたところにある住宅街に優雪の家はあった。
 よくある普通の一軒家で二階建ての白い壁の家だ。
 表札には藤原と書いてある。
 優雪は家の門を開けて千代達を通した。
 小蝶と鶴は慣れているみたいですたすたと敷地に入った。
 家に入ると二階に上がってすぐ前のドアを優雪が開けた。
 中に入ると窓際にベッドと入り口から右側に勉強机、左側に本棚があるシンプルな六畳ほどの広さの部屋が千代の前に表れる。
 ぱっと見ると何の特徴もない普通の部屋だが参考書等の間に隙間があれば折り鶴が飾られているのが優雪らしい。
 千代は小蝶と鶴の間にはさまって部屋の真ん中にある丸テーブルの前に座った。
 「三人に少し協力してほしいんだけど」
 優雪が千代の前に座りながら言った。 
 「物置を掃除してたらあったんだ」
 そう言って優雪がテーブルに置いたのは茶色い封筒だった。
 「何、これ」
 小蝶がそれを取り上げて中身を出す。
 「優雪に生まれたお祝い」
 小蝶は折り畳まれていた便箋を取ると中身を読みはじめた。
 「閉まった場所を忘れたから探しておいてくれると助かるわ。よろしく」
 「・・・」
 「えっ、それだけ?」
 かなりの沈黙の後千代は突っ込んだ。
 「意味分かんなかったから母さんに聞いたら。ああ、それね、優雪の出産のときに用意した贈り物だったの。渡そうと思ってたらどこにあるか分からなくなっちゃったから。って言うんだよ。俺がいない間にこっそりこの手紙を物置にしまったってところだろう。俺が見つけるか面白がったんじゃないかな。時々そういうことするから」
 「優雪先輩のお母さんって変な人・・・」
 千代は思わず言った。
 「まあね」
 優雪は気を悪くした様子もなく答えた。認めているらしい。
 そのとき、突然、部屋の扉が開いた。
 「小蝶ちゃん、鶴ちゃん、いらっしゃい。おやつ持ってきたよ。あら!新しいお友達!?」
 肩のところまである髪を緩く結んだ女性が千代を覗いた。
 「千代ちゃん。新入生の子」
 優雪が女性に言う。
 「まあ、後輩なのね。優雪にこんなにお友達ができるなんて、それほど、心を改めてくれたのね。お母さん、これほど嬉しいこと」
 女性が涙ぐんだ。
 「何?それ。俺の心腐ってたみたいじゃん」
 優雪が顔をしかめる。
 「優雪の母です。千代ちゃん、優雪と仲良くしてくれてありがとう。優雪をよろしくね」
 「あ、はいこちらこそ」
 千代は固くなって挨拶した。
 「母さん、これ以上。、千代ちゃんの前で俺を腐ったヤツ見たいに言うな」
 優雪が不満を吐き出した。
 「あら、ごめんね。別に優雪がダメな子なんてお母さん、思ってないよ?だた大人になったなー」
 優雪はペチャクチャしゃべりまくる母親を押しやった。
 「もう行って」
 「もうー、冷たいわねー。新しいお友達を紹介してもくれないなんて」
 母親は文句を言う。
 「そんなの、わざわざ報告するわけないだろ。幼稚園児かよ、俺は。もう十三になったんだから。知ってんの?五歳位だと思ってるだろ!?」
 優雪の十三という言葉を聞いて優雪のお母さんはビクンとした。まさか、本当に息子の歳を知らない訳ではないだろうな?と千代は思った。
 「そっか。ごめんね」
 そう言うと母親はさっさと部屋を出ていこうとする。
 それを小蝶が引き止めた。
 「あの、おばさん、本当に出産記念のある場所、忘れたんですか?」
 「え?ああ、うん。ごめんなさい」
 小蝶の質問に優雪のお母さんは困った表情で微笑んだ。
 千代は違和感を感じた。
 元々変な話しだと思ったが優雪のお母さんの様子を見てますます不審に思えてくる。
 そもそも、無くしたとしてもそれをなぜ送る相手である優雪に探させるのだろう?普通、自分で探さないのだろうか?
 「ということだから手伝ってくれるよな?」
 母親が出ていくと優雪は千代たちを見回した。
 「それって、本当に私たちが手伝っていいの?第三者なんだけど」
 小蝶が確認をした。
 もっともな話だ。
 しかし、優雪は考えるそぶりも見せずさらっと言った。
 「いいんだよ」
 そこで千代たちは優雪の母が失くした出産記念を探すことにした。
 「優雪、押し入れの中は全部見た?」
 小蝶が部屋の押し入れを開ける。
 人の家だというのに全く遠慮がない。一応同年代の男の子の部屋だが優雪は小蝶にとってそういうものではないのかもしれない。
 千代にはそれほど仲の良い男の子はいないので分からなかった。
 「出産祝いってなんなんですかね」
 千代は優雪に笑いかけた。
 「お人形とかかな?」
 鶴が言う。
 「少なくともお人形はないと思うな」
 小蝶がそれを否定した。
 「なんで?」
 鶴はむきになって言い返した。
 「だって、人形ならその時に渡すでしょ。今それを出すってことは少なくとも赤ちゃんに使うものじゃないはずだわ」
 「なんか、見たくないものかもしれない」
 せっせと物置を探る小蝶の隣で優雪が呟いた。
 「え?」
 千代は優雪を見つめた。
 「なんてな、そんなことないか」
 優雪は千代の視線に気づいてごまかすように言った。
 「ねえ、優雪、あれは?」
 小蝶が物置の奥の方に他の物に隠れるように置いてある箱を見つけて手を伸ばした。
 物置から出たそれはリボンのついたラッピング箱だった。
 優雪がそれを見て急いで小蝶の手から取り上げる。
 「あ、優雪」
 驚いて声をかけた小蝶の耳元に優雪は何か囁いた。
 「千代ちゃん、ちょっとおばさんにお水もらってきてくれないかな。喉、乾いちゃって」
 小蝶が突然千代に言った。
 「え?はい」
 千代は不思議に思ったがうなずくと部屋を出た。
 なんだか払われた気がする。
 千代はそっと部屋のドアをもう一度開けると中の様子を覗き見た。
 「おまえら、見るな」
 すると優雪の声が聞こえた。
 見ると小蝶と鶴は優雪から背を向けた。
 さっきまで第三者の自分たちにかまわないと言っていたのが嘘のようだ。
 優雪の出産記念はそんなに大事なものだったのだろうか?
 千代はユウターンしてドアを閉めようとした。
 しかし、そのとき千代は見てしまった。
 優雪が箱の中から分厚い封筒に入った書類か何かを取り出して制服の中に隠したのを。

 「小蝶先輩、お水もらってきましたよ」
 千代が優雪のお母さんからコップに入った水をもらって部屋に帰ってくると三人は最初と同じように丸テーブルを囲んで座っていた。
 テーブルの上に開けられたラッピング箱が置いてある。
 「千代ちゃん、おかえり。ほら、見ろ。あったぞ、出産記念」
 優雪がそう言って可愛らしい猿のぬいぐるみを千代に見せた。
 結局人形じゃんと千代は思いながら笑っておめでとうと言った。
 しかし、心の中にはすっきりしないものが残っていた。
 優雪は何か大事なことを自分に隠している。そんな気がしていたのだ。