「おはよう」
挨拶の声があちらこちらから聞こえる。
「おはよう。花丘さん」
朝の廊下を歩いていると声をかけられて千代は振り返った。
「大葉さん、おはよう」
千代の後ろに立っていたのは、千代のクラスメイトの女の子。大葉アユだった。
「一緒に行こう」
アユに誘われて一緒に教室に向かう。
「ねえ、花丘さんって、二年一組の藤原先輩、知ってる?」
ふと、アユが思いもよらない質問をした。
「え、優雪先輩のこと!?」
「その反応はやっぱりそうなんだ。しかも名前呼び。相当進んでる?」
アユはニコニコと千代の顔を覗いてくる。
「は?はあー!?」
アユの言っていることがどういうことか、なんなく理解できると千代はおもわず声を上げた。
「そ、それって、私が先輩と」
「付き合ってるんじゃないの?」
「なんでそんなふうに思うの!?」
千代は想像もしなかった展開に軽くパニックになった。
「藤原先輩と花丘さんが一緒に帰ってるのを見た人がいるって。ほら、優雪先輩ってかっこいいから目につくでしょ」
千代はしまったと思った。確かに優雪は見た目で目につくかもしれない。実体は折り鶴オタクだが。そんな優雪と千代が付き合ってるいるなんて思われたら千代は学年じゅうの妬みの的だ。小蝶や鶴のような美人なら問題もないかもしれないが千代は一般人だ。しかも後輩が調子乗るなということになりかねない。と千代は思った。
そもそも、優雪と付き合っているなんて思われるのも嫌だった。
しかし、折り鶴の先生だと言って誤解がとけるだろうか?
「付き合ってない」
千代はとにかく否定し続けるしかないと思った。
「そうなの?つまんない」
アユはがっかりしたらしい。
人の噂を面白がらないで欲しい。と千代は思った。

教室に入るとどうやら噂はもう広まっているらしくクラスメイト達が一斉に千代を見た。
「もうヤダ」
千代はつぶやいた。

事件が起きたのは放課後になってからだった。
「花丘千代さん、ちょっといいかしら?」
教室を出てすぐに女子の先輩にほとんど無理矢理連れていかれた。
「あなた、何なの?」
人気のない渡り廊下まで来るとその先輩が言った。
「何って、一年一組花丘千代。さっき先輩が言ったとおりです」
千代が答えると先輩はイライラしたように言った。
「藤原とどういう関係なのかってことを言ってるの!」
ああ、それか。と千代は思った。
「先輩が思っているような関係ではないと思います」
早くこの場を逃れようと思い千代は言った。
だが、逆効果だった。
先輩は怒って千代のブレザーの襟をつかんだ。
「何でもないのに居座るんじゃないわよ。千里さんがかわいそうでしょ!」
(そ、そうくる!?)
千代はおびえて足を一歩後ろに引いた。
しかし、この先輩は実際に鶴のファンというわけではないように千代は思った。ただ文句の理由にしているだけなのではないか?
「一年のくせに調子に乗ってるわよね」
千代はなんといっていいかわからなかった。
「たいしてかわいくもないくせに」
(そこまで言う?)
千代はイラッとした。
「ちっちゃいくせに。どうせ頭も悪いんでしょ」
先輩はさらに追い打ちをかける。
さすがにこれには千代も泣きそうになった。小さいなんて自分でわかっている。関係のないこの人にいわれる筋合はない。
「なんか言わないの?聞いてやるわよ」
先輩は意地悪く笑った。
「何やってんの」
千代が泣きそうになっていると突然、千代の前に優雪が立った。
「優雪先輩」
千代は安心してまた泣きそうになった。
女子の先輩は突然の優雪の登場に慌てて出ていこうとした。
「待てよ。俺の教え子を泣かせたのはお前か?」
優雪が怒ったようにその先輩を引き止めた。
「わ、私は別に泣かせたわけじゃ」
先輩は言い訳する。
「千代ちゃんはお前に我慢してるだけなんだよ。でも、俺、むかつくから言ってやる。千代ちゃんに少しでもいやがらせしたら誰でもただじゃおかないから覚えとけ!わかったら早く行け」
優雪の言葉が終わると女子の先輩は逃げて行った。
「千代ちゃん、どうしたの?大丈夫?」
そのとき、小蝶と鶴が優雪と千代のところにやってきた。
「千代ちゃん、なかなか来ないから迎えに来たんだよ」
優雪が言った。
「もう、心配してたんだから。行こう」
小蝶が千代の手をとった。
「はい」
きっと千代はこれからもこの三人と一緒に過ごしていく。
(私は先輩たちが守ってくれてるもん。怖がることないんだ)
千代はきずいた。

「それで、私の優雪先輩と付き合ってるって噂はみんな忘れたみたいですけど、優雪先輩が女の子を集めてるって噂が新しく持ち上がったみたいです」
次の日の放課後千代が折り鶴を折りながら説明すると優雪は怒った。
「なんでそんなことになってんだよ」
「外から見たらそうなんじゃないですか?」
「そっかー私たち優雪に集められてんのか」
みんなが一斉に笑った。もうしばらくは平和に過ごせそうだった。