(やっぱり、緊張する)
千代が優雪に弟子入り?した次の日の放課後、千代は二年生の教室の前に立ち止まった。
先輩たちの許可はもらえるだろうが、やっぱり何か言われそうで怖い。
(んん、えい!)
千代はゆっくりドアを開ける。
「わー、千代ちゃん来たー」
突然黄色い声が上がり黒髪の女の子が千代に抱きついてきた。
「わっ、やめてください、鶴先輩!」
慌てて離れようとする千代を女の子はがっしりと捕まえてしまった。
「鶴、後輩ができてうれしいのはわかるけど、嫌がってるわよ?」
フワフワ髪の女の子が銀に見える目を細めて笑った。
彼女は青原小蝶。千代を最初にここに連れ込んだ先輩だ。彼女はこのグループのまとめ役らしい。昨日、千代が見ていた感じではこの小蝶が大体優雪の隣にいるようだった。
優雪も鶴の折り鶴を折るのを手伝う時以外は大体、小蝶の隣に座っているように見える。
そして、千代に抱きついているこの黒髪の女の子が千里鶴だ。千代に不格好な折り鶴をくれた先輩。そして、位置的には小蝶と優雪の一歩外にいる感じ。ではあるが、隙あらば優雪に近づいていくような感じだ。
と、まあこのくらいが昨日の時点で千代が知ったことだ。
それから、もう二つある。優雪の折り鶴愛が以上に強いこと、それから、鶴が自分を以上に気に入ってしまったらしいことだ。
特に二つ目は困る。鶴がすぐにスキンシップをしてくるからだ。それも大げさに抱きついてくるから息苦しいったらありゃしない。
「鶴先輩、話してください」
千代は鶴を腕で力いっぱい押した。
鶴はますます強く千代を抱きしめる。
「鶴ー」
小蝶が鶴を千代から放してくれた。
鶴は不満そうな顔をしたがそれ以上千代にくっついてはこなかった。
(助かった。やっぱり小蝶先輩は頼りになる)
「千代ちゃんは俺の教え子なんだから」
いつの間にか千代たちのところにやってきていた優雪が千代を鶴から遠ざけた。
「勝手にくっつくな!」
「ええ!?そういうこと!?」
千代は声を上げた。
「鶴が千代ちゃんを使い過ぎてる。それだと俺が千代ちゃんに指導できなくなる」
「使い過ぎてるって、先輩、私のことなんだと思って・・・」
千代が顔をしかめると小蝶もうなずいた。
「後輩を物扱いしないの!」
「悪い」
優雪はへなりと笑って一言、謝った。
「ユウくん、私もユウくんの弟子だからハグしてもいいよね」
鶴は早くもまた優雪に接近を狙っている。
しかし、優雪はそれを拒否する。
「弟子にした覚えないし、嫌だ」
鶴はがっかりしたように不満そうに頬を膨らませた。
そんな鶴を無視して優雪は千代に手招きした。
「こっちに来て。今日は千代ちゃんに、なるべく小さいのを折ってもらいたい」
「なるべく小さいのってどこまで?」
千代は優雪について行きながら聞く。
「折れるところまで。千代ちゃんがどれだけ小さいのを折れるか知りたいんだ」
優雪は真ん中の列の一番後ろの席に座って言った。
千代はその斜め横にある椅子に座った。
優雪は折り紙箱らしい長方形の底の浅い白い箱をカバンの中から取り出すとふたを開けた。
箱の中から優雪が取り出したのはゴマ粒ほどの大きさの固まりだった。
「今の俺たちの最高記録。俺が折った」
優雪は得意げに言う。
よく見るとその固まりは折り鶴の形になっているようだ。まるですごく縮小した折り鶴のようだ。いや、まぎれもなく折り鶴だ!!
「こ、これ折り鶴!?本物!!」
千代はおもわず声を上げた。
「偽物ってなんだ?誰が折っても折り鶴は折り鶴だろ?」
優雪がさも面白いこと言うなというように言った。
(いや、それはそうだけど、こんなに正確なこんなに小さいサイズってあるの!?)
「優雪は相当器用なんだよね」
小蝶が言う。
「相当のレベルじゃないよ、これ」 
千代は大きな声を上げた。
「ものすごい、器用すぎますよ。優雪先輩って、何者!?」
「一般人だけどな・・・」
千代の反応に優雪が少しショックを受けている。
「まあ、小さい頃から折り鶴オタクだったからね。長年の成果がこれなんだよ。優雪ったら折り鶴ずっと折ってる子だったから他の男の子たちに交れなくてさ」
「別に俺の勝手だ」
小蝶が優雪をからかうと優雪はそっぽを向いた。
「優雪先輩と小蝶先輩は幼馴染なんですか?」
千代は訪ねた。
驚くことはなかった。二人が昔からの仲なのだと知るとむしろしっくりした。仲がいいわけだ。
「まあね、幼馴染でも小学校からの付き合いだけど」
小蝶が答えた。
「とりあえず、千代ちゃんにまず、この紙から折ってもらっていいか?」
優雪が取り出したのは三センチ角の折り紙だ。
このくらいならいけると思って千代はうなずいた。
もちろん作るのは折り鶴だ。
千代は慎重に紙を折っていった。

「できた」
しばらく沈黙が続いた後、千代が今完成したばかりの折り鶴を持ち上げた。
優雪がそれを奪い取る。
「よし、合格。次」
また一回り小さい紙を渡された。
せっかく達成感を感じていた千代はええ!っという顔をした。
「ここからが本番だぞ」
優雪が言う。
千代はそれを受け取るとまた慎重に折り始めた。
今度はさっきよりもっと丁寧に折らないといけなかった。
「できた」
さっきよりも長い時間をかけて完成した折り鶴を掲げると優雪がまた取り上げる。そして笑顔でうなずくとまた少し小さいのを折らせる。何回かそれが続いた。

「もう限界です!!」
とうとう折り鶴の大きさが五ミリほどになったとき千代はギブアップした。
「うーん、なかなかやるね。正直、ここまでできるとは思わなかった。さすが弟子」
優雪はうなった。
「私、結構器用ですから」
千代は得意げに言う。
「鶴より器用かもな」
「私、このサイズ折れる!」
鶴も負けじと同じ紙を折り始めた。
千代にはこの間の不格好な折り鶴を連想するとできるとは思えなかった

しかし、出来上がった鶴の折り鶴はミニサイズにもかかわらず前のよりきれいだった。
「え!?ええ」
「こいつ、気まぐれだから。波が高かったんだな。今日は」
優雪が言った。
「波大きすぎ!!」
こうしてこの日は終わった。