春の色が濃くなってきた5月のある日曜日の午後、千代は町の公民館にやって来た。
(なんで、町イベントの折り紙教室?こんなの中学生っぽくない)
 千代はあまり気分が乗っていなかった。
 この前、優雪がいきなり出してきた話題は町内イベントの折り紙教室だった。
 千代は優雪の勧めでこの折り紙教室に参加することになったのだ。
 しかし、
(こういうのって、おじいさんとおばあさんが来るところじゃないの?周りの人から変な目で見られそうだし。浮いちゃうし。わー、緊張する)
 千代はかなり怯えていた。

 会場のイベントルームに行くと優雪がすでに中に入っていて、千代に気が付いて入り口の前にやって来た。
「千代ちゃん、来た来た。場所、迷わなかった?」
「大丈夫でした」
 千代は優雪に迎えられて少しほっとしながら答えた。
「良かった。ところで、なんかすごい固まってない?」
 優雪は緊張している千代に気づいて首を傾げた。
「私、もともと、挙動不審です」
 千代は慌てて緊張しているのをごまかそうと思って微妙なことを言った。
 優雪はそれを聞いて笑いだす。
 千代は優雪の反応を見てほっとした。
「早く入って。もうすぐ始まるよ。千代ちゃんの席、そことってあるから」
 優雪は部屋の真ん中に班の形に合わせてある机の中側においてある椅子を指さした。
(中か。端っこがよかったな。まあ、こうなっちゃやるしかない)
 
 千代は勇気を出して部屋の中に入った。
 中にはやはりおじいさんとおばあさん、それに、主婦らしいおばさんたちも何人かいたが千代のような学生は見当たらない。
(やっぱり、折り紙教室とか地味だもんね。私、やっぱり浮いて見えるかな?)
 千代がそんなことを考えて立ち尽くしていると一人のお年寄りの人に優雪が近づいていくのが見えた。
「やぁ、優雪、今日も来たのかい。寂しい奴じゃの」
 そのおじいさんが優雪に話しかける。
「意地悪だな、おじいちゃん。俺は来たいから来てるんだ。寂しいからじゃないよ。おじいちゃんとは違うの」
 優雪は笑いながらおじいさんに答えた。
 優雪はこういったイベントによく参加しているらしい。
「あら、可愛い子が来た。お嬢ちゃん、ここに来ない?」
 端の方に座っていたおばあさん二人が千代に目を止めて声をかけてきた。
「え?あ、先輩が、席とってくれて」
 千代が慌てて答えようとしているとそんな千代を見ておばあさんたちは予想がついたらしく優雪の方を見た。
「ユウちゃんのお友達かい」
「あ、うん」
 声を掛けられておじいさんと話していた優雪が千代とおばあさんたちの方を見た。
「ガールフレンドや」
「彼女かい?」
「かわいいねー」
 おばあさんたちは勝手にしゃべり続ける。
「いや、違うから」
 優雪が説明しようとしてもおしゃべりなおばあさんたちはキャッキャとしていて聞いていない。
「……」
「……」
 千代も優雪もハイテイションなおばあさんたちにどう対応していいの分からず黙ってしまった。
 千代はさりげなくおばあさんたちから離れて優雪の方に行った。
「優雪先輩、あの人たち、知ってる人なんですか」
「うん。いつも、テーション高いんだよ。あんまり気にしないでくれ。俺が連れてくるとみんな彼女になるんだ。あのおばさんたち、俺のことなんだと思ってるんだか」
 優雪は少し不満そうに言った。
 千代はそれを聞いておもわず笑ってしまった。
 事情はよくわかった。
 おばあさんたちはからかい屋なのだ。
「まあ、美少女を二人もキープしてる人が文句は言えませんよねー。そういえば今日は小蝶先輩と鶴先輩は一緒じゃないんですか?」
 千代はあたりをきょろきょろと見回した。
「千代ちゃん、どうしてそんな話が出てきたのか分からないけど俺はそんな不正をしたことはないよ?」
 優雪はあたりを見回す千代に不満そうに言った。それでもきょろきょろしている千代に答えてくれた。
「小蝶はおばあさんたちのことあまり得意じゃないんだ。だからこういうイベントはあんまり行きたがらない。鶴は、たぶん取り巻きと遊びに行ってる」
 優雪の説明を聞いて千代は前に呼び出されてせめれたことのあるあの怖い女子生徒を思い出した。
 取り巻きにはその人もいるのかもしれない。
 千代は少し不満になったが優雪にはそれを言わないことにした。

 しばらくたって、部屋に六十代くらいの少し厳しい雰囲気のするおばさんと三十代くらいの優しい雰囲気のお姉さんが入ってきた。
「あのおばさんはこの折り紙教室の先生だよ。それで、後ろの方の人はアシスタントの須内さん」
 席につくと優雪が千代に教えてくれた。
「今日は春ということでチューリップです」
 先生のおばさんが前の席に座ると折り紙のチューリップの写真の付いた紙を出した。
 そして、次に実物の折り紙のチューリップを出す。
「わ、かわいい」
 千代は小さな声を出した。
「はい、折り紙をとってください」
 先生が出した折り紙が回される。
「はい、どーぞ」
 千代の後ろからアシスタントの須内さんがやってきて折り紙を渡してくれた。
「お嬢さんは初めてだよね。お名前はなんていうの?」
 須内さんはさらに声をかけてきた。
「花丘千代です」
 千代が答えると須内さんは優しく笑った。
「千代ちゃん、私は須内です。よろしくね」
 須内さんは首にかけているネームカードを見せてくれながら言った。
「よろしくお願いします」
 千代は少し恥ずかしくなりながら返した。
「千代ちゃん、恥ずかしがり屋だから」
 優雪が言った。
「あらそうなの。大丈夫よ。リラックスしてね」
 須内さんはにっこりと笑うとほかの参加者の人の所へ移って行った。
 千代はぽわー、とした気持ちになって優雪に囁いた。
「須内さんってとってもいい人」
 優雪は少し笑って返してくれた。
「では、まず、三角に折ります」
 先生が折り紙のやり方を始める。
 千代は言われたとおりに折り紙を作っていったが途中で混乱し始めた。
「ここを潰すんだ、折り紙の山折はこっちだ」
 優雪から指導が入る。
「あら、そこの子、分からなくなってるのね。ちょっと待って」
 先生が席を立って千代の所に来る。
 千代はますます慌てた。
「はい、ここ持って」
 先生が千代の手を取って折り紙の端に触させる。
 千代は緊張しながら先生がサポートするのに従った。
「じゃあ、次はこの角を折ります」
 先生は千代の手を使ったまま先を進め始めた。
 おじいさん、おばあさんたちもそのまんま折り続ける。
 千代はなんだか優しい気分になった。
 一見厳しそうに見える先生の優しい手が自分の手を取ったまま折り紙を折っていく。
 千代は先生を見上げた。

 しばらくすると先生は別の参加者のおじいさんの方へ移って行った。

 チューリップが折りあがったところでフリータイムになった。何人かの人たちはさっそく帰り支度を始めた。二個目を折り始めている人もいるし、おしゃべりをしている人たちもいる。
 優雪はあっという間におばさんやお年寄りたちに囲まれてしまった。
 千代はどうしたものかと辺りを見回した。
 先生も須内さんもほかの人たちと話している。
「じゃあね、お嬢さん」
「お嬢さん、さようなら」
 帰り支度を終えたおばさんたちが千代の後ろを通っていそいそと部屋を出て行った。
「さ、さよなら」
 小さく返すとまた別のおばあさんが近づいてきた。
「お嬢ちゃん、よく来たね。若い子は珍しいね」
 場違いと言うよりみんな歓迎してくれてるように思えた。

「また来てね。千代ちゃん」
 帰りに須内さんが言ってくれた。
 千代はとてもうれしい気持ちになった。
 いままで、中学生らしいことをとずっと思っていたが、青春って思っていたこととは違うところにもあるのかもしれない。
(みんなと同じようなとか、物語みたいな青春じゃなくても別にいいや。ここにも、私の青春がありそう)
 千代はひそかに思った。