「千代ちゃん、それ、曲がってる」
 いつものように放課後の教室で優雪たちと折り鶴を折っていた千代に突然、指摘が入った。
「え」
 千代が折りかけの折り紙をよく見ると先の方が1ミリほどずれている。
「大丈夫ですよこのくらい」
 千代は文句を言う。
 すると、優雪は首を振った。
「このくらいでも、完成後に出る。綺麗な折り鶴を作るには1ミリのずれも気をつけておらないといけない。千代ちゃんの折り鶴はなかなかよくなってるけどまだ少し乱れてる。気をつけないと」
 千代は優雪の折った折り鶴を見た。パッと見は千代のと変わらないように見える。しかし近くでよく見るとやはり正確な機械の作ったもののようにぴったりとしていた。
 千代は普通の人間である自分には無理だと言いたくなるが師匠の忠告には文句をつけられない。そもそも、自分が教えてほしいと頼んでいるのだから。
 千代は折り紙のずれを修正しようと指先を使って紙をなでる。
 なかなか上手くいかず苦闘していると優雪が反対から手を出してずれをきれいに修正し直してくれた。
「あ、ありがとうございます」
 千代はまた優雪を尊敬した。

 千代がその正確な折り目に見いっていると教室に一人の男子生徒が入ってきた。
 もちろん、ここは優雪のクラスの教室なので他の生徒も使っている。
 おそらく、このクラスの人だろうと千代には見当が付いた。
「まだいるんだ、お前たち」
 男子生徒が優雪たちに声をかけてきた。
 教室は頻繁に使われているが声をかけられることは珍しかった。
 下級生がなんでこんなところにいるんだよとか言われるのではないかと千代はびくびくした。
 しかし男子生徒は千代の方にはあまり関心がないらしく千代には何も言わず優雪の方を見た。
「うん」
 優雪は短く答えると特に何も言わずまた折り紙に視線を戻した。
 そんな優雪のそっけない態度に小蝶が苦笑いする。
「優雪、もっとなんか言ったら?」
 小蝶が優雪に囁くとその男子生徒が近づいてきた。
 優雪はビクンとして男子生徒の方を振り向いた。
「な、な、なに?」
 男子生徒はそのおかしな反応に不機嫌そうな顔をして千代たちが取り囲んでいた机の上を覗いた。
 もちろん、机は折り鶴が占領している。
「ふーん」
 男子生徒はさもつまらなそうな顔をして優雪の前の机により掛かった。
「女子連れて居残ってるのは知ってたけど、こんなことやってたんだ」
 優雪は珍しく何も言わない。
 ただ困ったように小蝶の方に目を流した。
「あの」
 千代は口をはさんだ。
「優雪先輩の友達ですか?」
 すると、優雪は少し首を振り、男子生徒は千代を見て一瞬怪訝そうな顔をした。
 しかし、すぐに男子生徒は声に出して笑いだした。
「俺は、お前が嫌いだ」
 男子生徒は優雪を指さしてはっきり言った。
 千代たちはぽかんとした。
 いきなり嫌いだと言われた優雪は小さく首を傾げて言った。
「うん」
「いや、うんじゃねぇよ。なんかそれなりの反応しろ。むかつくやつだな」
 男子生徒は怒り出す。
「すみません」
 優雪は焦って言った。
「なんで謝るんだ?もっとなんか言えよ!」
「……」
 千代には二人の関係がよく見えなかった。
「なんか、面倒な人に絡まれたわね」
 小蝶が千代の耳元で囁いた。
「俺、何したんですか?」
 優雪が言った。
「なんで敬語なんだよ!俺はな、お前が女子引っ掛けてんのが気にくわないの」
 男子生徒がまた言う。
「……」
「要するに、女子の友達が欲しいということね」
 小蝶が突っ込んだ。
 男子生徒は小蝶の見解を聞くと黙り込んだ。
 そしてしばらく黙っていたがやがて優雪からそっぽを向けるとあっかんべをして退散していった。
「え、誰ですか、今の人。優雪先輩、どういう関係ですか!?」
 千代は男子生徒が出ていくと思わず叫んだ。
 優雪はしばらく黙り込んでいたがやがて眼を輝かせて立ち上がった。
「クラスメイト。俺、あいつと友達になりたい」
「え、あれはやめた方がいいんじゃ……」
 小蝶が優雪の思ってもみなかった反応に顔をしかめた。
「そうですよ。人の顔指さして嫌いとかいう人は良くないです」
 千代も言った。
 しかし優雪は引き下がる様子はない。
「大丈夫、絶対気に入ってもらう」
「いや、そういうことじゃなくて」
「もっと真面目な人はいないのー」
 小蝶が泣き叫んだ。

 この後、優雪はこの真面目ではないクラスメイトに受け入れられるために苦労することになった。