「先輩、助けて下さいー」
 いつもの放課後、千代は優雪のクラスに入ると鳴き声で助けを求めた。
 小蝶と鶴は出ているのか教室には優雪しかいなかった。
「何?どうしたの?」
 優雪がそんな千代を見て少し笑いながら答えた。
「私、リレーの選手に選ばれたんです!」
 千代は言った。

 今日、千代のクラスでは運動会で行われるクラス対抗リレーの出場者を決めるため、タイムを計る授業があったのだ。
 タイムが早かった生徒から4人リレーの選手が決まる。
 千代のクラスには陸上を得意にする女子はいない。特に足の速い子もいなかったらしい。
 それで、計ってみた結果、千代がその4人の中に入ったというわけだ。

 優雪は千代の話を聞くと首を傾げた。
「え?良かったじゃん。おめでとう」
「よくない。リレーですよ!?クラスの勝ち負けがかかってるんですよ。しかも、そんなに速くない私がすごく速い人たちと一緒に走るんですよ!?笑いものじゃないですか!」
「落ち着いて。大丈夫だよ。千代ちゃんが正当に決まったんだろ?」
 優雪は優しい表情で焦っている千代を励ます。
「はい」
 それは、確かだった。
「なら、だれも文句は言わないよ。今からきちんと練習して対抗できるように頑張ればいいんだ。焦る必要なんてない」
「…やっぱり、優雪先輩って頼りになりますね。優雪先輩に相談できて良かった」
 千代は笑って言った。
「おう、それはどうも」
 優雪はそう返すと少し間をおいてから再び言った。
「じゃあ、千代ちゃん、今週の日曜日、家においで」
「え、なんでですか?」
 千代は思わず聞き返す。
「なんでって、この流れで?特訓だよ。リレーの」
 優雪は嬉しそうに笑いながら言った。

 その週の日曜日の朝、千代は約束通り優雪の家に来た。

 家の前に、いつもの先輩たち三人がいた。
 優雪が何か行動を起こしたら小蝶と鶴も必ず付いてくるんだということを千代は悟った。
「千代ちゃーん」
 鶴が駆け寄ってくる。
 千代は抱き付こうとする鶴を避けて足早に優雪と小蝶の方へ向かった。
「おはようございます。優雪先輩、小蝶先輩」
「え!私は?」
 二人に挨拶をすると鶴がショックの声を上げた。
「鶴先輩、おはようございます」
「千代ちゃんは礼儀正しいな」
「こんな子にまで挨拶するなんて」
 千代が鶴に挨拶するとほかの二人が口々に言う。
「千代ちゃん、可愛いー」
 鶴は二人の悪口に反応せずまた千代に駆け寄ってきた。
 千代は反射的に小蝶にしがみつく。
「怖がられてるよー」
 小蝶が千代の頭をなでながら鶴をからかった。
「こ、怖い!?」
「分かってなかったの?あんた、千代ちゃんから見たら怖いわよ?ねえ」
 小蝶は千代を見て言う。
 千代はこくんと頷いた。
「怖い。怖いか」
「千代ちゃん、運動着、着てきたね。じゃあ、行こうか」
 落ち込んでいる鶴とは対照的に優雪は明るく言って目的の公園のある方を指さした。

 優雪の家から歩いて5分ほどの所に学校二つくらい入ると思われる区民公園があった。
 ランニングにも適しているので練習場所にちょうどいい。

 そこでしばらく順調に走っていたが20分ほどで千代の体力が切れた。
「ぐう、疲れた」
 公園の広場の芝生に千代は座り込む。
「これで5周したからいいか。じゃあ、やるか」
 優雪がゆっくりと止まりながら言った。
「え、これからなの?」
 千代は疲れた声を出す。
 優雪は笑った。
「リレーは小学校のとは違ってスタンディングを使うんだ。バトンの渡し方もある。ただ走るだけじゃうまくいかない。だから今から50mそうをやろう。本で調べたらこれが良いらしい」
 優雪はそう言うと広場の端の方の地面に棒で線を引いた。
 そして、少し遠くに行くとそこにまた線を引いた。
「ここについて。ゴールはあそこね」
 優雪は最初の線を指さして次に遠くに書いた線を指さした。
 千代は最初の線にスタンディングした。
 スタンディングは入学してから体育の授業で少しならったので大体の形は覚えた。
「出来るね。ちょっとこっちの足引いて」
 小蝶が寄ってきて千代のフォームを直してくれた。
 さすが上級生は頼りになると千代は思った。

 しばらく走り出しの指導を優雪たちに受けた後、優雪の提案で先輩たちと走ってみることになった。
「私やるー」
 鶴がさっそく千代の隣にはしゃぎながらやって来る。
「いちについて」
 優雪がホイッスルを持って陽気な声を上げた。
 そのホイッスルはどこから持って来たんだろうと千代は思った。
「よーい」
 掛け声が続いて千代は慌てて走る用意をする。
「ドン」
 ホイッスル使わないのか。と思ったがとりあえず全力で走った。
 ゴールにつくと鶴はまだ走っていた。
「千代ちゃん、早いー」
「鶴先輩、本気じゃないですよね」
 千代は言った。
「鶴は千代ちゃんには甘いからなー」
 小蝶が苦笑しながら言う。
「本気で走れよ」
 優雪が眉をひそめた。
 やっぱり手加減したかと千代は思いながらもスタート位置に戻った。
「じゃー、私ね。千代ちゃん、私は手加減しないよ」
 小蝶が笑顔で言った。
 小蝶は本当に速かった。
 上級生とはいえやはり早い人は自分なんか相手にならないと千代は思った。
「鶴と優雪といつもここで走ってるんだよ。今度から千代ちゃんもおいで。きっと、もっと速くなるから」
 小蝶が優しく励ましてくれる。
「先輩たち一日中折り紙折ってるわけじゃないんですね。さすが優等生です。尊敬します。その上折り紙があんなにきれいなんて」
 千代は感心していったが優雪たちは首を傾げた。
「優等生ではないけど」
(自覚なしですか!)
 千代はまた感心した。
「次、俺の番。本気出すぞー」
 優雪が楽しそうに勢い込んで言った。
 すると、小蝶が顔を白くする。
「優雪はやめなよ」
「え、いいじゃん。一回くらい。ランニングだってしたんだから」
 何がそんなにまずいのだろうと千代が思っていると優雪が意気揚々とスタートラインにやって来た。
「体力テスト以来だな。わくわくする」
 相当張り切っている。
 年下女子に遠慮なしですか。と千代は心の中で悲鳴を上げた。
 しかし、小蝶の合図の声が上がると優雪は勢いよくこけた。
「えー!」
 千代が走るのを忘れて声を上げる。
「やべえ、はしゃぎ過ぎて体力限界」
「あんなに元気だったのにですか!?」
 千代があきれて言うと優雪は顔をゆがめて言った。
「俺役に立たねー」
 落ち込んだ優雪を見て千代は慌てて言った。
「大丈夫です。優雪先輩が私のために調べてまで練習付き合ってくれたこと、私には十分役に立ちました。先輩たちのこと大好きです」
「千代ちゃん…」
 すると三人がいっきに涙ぐむ。
「千代ちゃん私も大好き」
 鶴が千代に抱き付いてきた。
(鶴先輩はちょっとめんどくさい)
 運動会まであと、二週間。
 先輩たちの性格がまた少しわかった日だった。