かつてお父さんにもらった指輪は、お父さんの死後も欠かさず身につけていた。

 ムーンストーンはあの頃と同じように月の光に反応して美しく輝くのに、現実は海の底みたいに冷たく暗い。

「さよなら。匠の元に行くねーー」

 その場にいない両親に最期の別れを告げ、お母さんは病院の窓から飛び降りた。

 その瞬間、指輪が光り、お母さんの体を包んだ。月の色と同じ光がお母さんの体を宙に浮かせた。

『おい、小娘。命を何だと思っている』

 何者か分からない不機嫌な男の声が聞こえたかと思えば、次の瞬間、お母さんの意識は過去に戻っていた。お父さんが死ぬ前日の夜に。

 自分の身に何が起きているのか理解できず最初は混乱を極めたお母さんも、時間軸が過去に戻っていることを次第に受け入れ、歓喜した。

「匠を死なせない!」

 お父さんが交通事故にあわないよう、お母さんは行動した。事故現場に行かないようお父さんの行動を制限することで、お父さんが死ぬ現実を回避できた。

 それからは平和な日常。二人は結婚し、そこからは私が知る通り、親子三人での人生を送った。


 少し前なら鼻で笑っただろうお母さんの手記を、今なら信じられる。私もこうしてこの時代にいるから。

 かつてお母さんの絶望を救った指輪が、今度は私を助けようとしてくれている。そう確信した。


 過去へ来れた理由が分かると同時に、さらに深い罪悪感が生まれた。

 お父さんとお母さんは色んな苦難を経て私を育ててくれた。それなのに、私のワガママであったはずの二人の未来を壊してしまったのだから……。