寝付けない忍は、キッチンの冷蔵庫から、缶ビールを出すと、一気に飲み干した。

「昼間、あんな場面に出くわせば、気分が落ち着かないは当たり前。幻覚やら錯覚やらも見る。」

そう言って空き缶をゴミ箱に入れた。

ふと、布団を蹴飛ばして風邪引かないかと、早紀の部屋を覗いてみたくなった。

ドアのノブに手をかけると、部屋から娘の声がする。

「まだ寝ていなかったの?」

早紀はベッドの布団から起き上がったまま、座っていた。

「ママ…。」

「どうしたの?眠れないの?」

忍は早紀を再び寝かせ、布団をかけた。

「悟くん来たよ。」

「?!誰?」

「公園で遊ぶ子。ママが遊んじゃ駄目って言った子。」

例の死んだ汚い男の子のことらしい。

忍はゾッとした。

「ど、何処にもいないじゃない。」

周囲を見渡しながら、忍は言った。

「ママが入って来たら、急いで帰っちゃった。」

早紀がそう言った途端、玄関のドアが閉まる音が闇に響いた。

背中に冷たい汗が流れる。

気がつくと、娘は気持ち良さそうに寝息を立てていた。

慌てて玄関を確かめに行く。

扉には、寝る前に閉めたチェーンが掛かっている。

「気のせいよ。気のせい…。」

動悸を押さえながら、ドアの覗き穴から外を見る。

閑散とした廊下が見えるだけだった。

ホッとして、部屋に帰ろうと、思った瞬間。

また、左袖を引っ張る感覚がした。

袖を引っ張り上げ、思わず左下を見てしまった。

あの汚い男の子が、正気のない顔で自分を見上げていた。

忍はその後の事は覚えていない。

気がつくと、自分のベッドの上で、キッチンでは起きて来ない母親のかわりに、父親である夫が、早紀と朝食を作っていた。

楽しそうな声が響いている。

「夢…?」

そう言い聞かせた忍だったが、しばらくベッドから出られなかった。