制服や鞄を都会の有名幼稚園に取りに行った帰り道、偶然にもあの汚い男の子をパチンコ店の前で見かけた。

なる程、暴力団風の男と水商売風の女がタバコを吹かしながら、あの男の子を怒鳴っている。

噂通りの両親のようである。

次の瞬間、男は突然、男の子の腹を蹴り上げた。

ギャーという、男の子の泣き声が聞こえた。

「虐待…。」

嫌な光景を見てしまった。

幸いにも娘の早紀を連れていなかった事が、唯一の救いだ。

この時、警察に通報という事が、頭の片隅にも浮かばず、ただ、この場所を早く離れたかった。

「何みてやがる!」

他の通行人が怒鳴られた。

男の子は駐車場の冷たいコンクリートに寝そべったまま、動かない。

駐車場の脇を急いで通り抜けようとした時、男の子が忍のコートの袖を引っ張ったような気がした。

振り向いた瞬間、何人かの警官が両親を取り押さえ、横たわっている男の子を確認している。

心ある誰かが、警察に通報したのに違いない。

「まずいぞ!救急車を!」

男の子を見ていた警官は大声で仲間に伝えた。

暴れる両親をようやくパトカーに載せた頃、救急車が到着した。

忍は逃げるように、その場所を離れた。


息を切らして自宅に戻ると、一度荷物を娘の部屋に押し込み、再度靴を履いた。

義母に預けている、早紀を迎えに行く為である。

義母宅には、夫がすでに帰っていた。

しかも、すでに風呂まで入り、お袋の味を堪能しながらビールを飲んでいた。

早紀も風呂上がりで、ご飯を食べている。

仕方なく、義母の夕飯をご馳走になった。

「忍さんの口には合わないかも知れないけど」

厭味にも似た前口上を頂いて、ご馳走もあまり美味しくはない。

しかも、さっきの児童虐待の現場を目撃してしまった為に、加えて食欲がなかった。

義母宅の洗い物をようやく済ませ、自宅に着いたのは、夜9時を回っていた。

早紀はすでに寝息を立てていたので、そのままベッドに寝かし付けた。

翌日、公休日の夫は、テレビとヒーターのスイッチを入れた。

忍は、風呂の給湯器のスイッチを入れる。

「不経済だな。お袋のところで入って来ればよかったじゃないか。」

忍は夫を睨んだ。