学校を出てそのまま家に帰ろかと思ったもののそんな気分でなかったユリは、学校の最寄り駅から2つほど離れた駅にあるカフェへと行くことにした。

5分もかからずに着いた駅で降りて改札を出るとすぐの前には小洒落たカフェがある。ここが目的の場所だった。



カランカラン



と扉に付いた鈴を鳴らして扉を開けると、その音で客の訪れに気がついたマスターがカウンターから顔をあげた。

やって来たのがユリであることを認識したマスターは、営業用の爽やかで完璧な笑顔からどこか親しみのある笑顔に切りかえた顔で声をかけてきた。


「また学校サボリ?」


「……うん。ちょっと面倒なことになって。」


「面倒なこと?ちょうど人少ないし話聞いてやるよ。」


Temps Amical


フランス語で『優しい時間』という意味のこのお店に、ユリは中3の頃からよく訪れていた。

今年で2年目になる。

「はい。いつものカフェラテ。」

トン、と目の前にカフェラテの入ったカップが置かれた。
ユリのための特別甘いカフェラテ。

ここのマスターこと橋本亮は、彼女の6つ上の兄の親友で日本に来てから彼女が家族以外で唯一本音を話せる貴重な相手だった。
お店の名前の通り、とても優しい時間を提供してくれる。


「で、何があったの?」


「…前にさ、子供の頃アイスダンスやってたことがある、って言ったじゃない。
その時ペア組んでた相手がいきなり同じクラスに転向してきた。」


「そうなのか〜……って。
は?マジで言ってんの?それってあれだろ?今めっちゃメディアでも取り上げられてる天才スケーターのアルでしょ?
お前の人間嫌いの根本でしょ?」


「アルフレッド・ペイン
人間嫌いというか、まぁそうだね。言ってしまえばそうかも。」


「マジかよ。それで逃げてきたの?」


「そ。
午前中の授業サボって午後は出ようかと思ったから教室戻ったわけ。
んで妙に人だかり出来てるし女子がキャーキャー黄色い声上げてるから何かと思ったら転校生がいて。その転校生がなんとアルだったの。」


カクカクシカジカ……


ついさっきあったことを一気にすべて話した。


「うーん…それさ、下手したら昔のこと繰り返すことになんじゃないの?」


「昔より酷いことになりそう…」


私の人間嫌い


べつに好きで嫌いになったわけじゃない。友達もたくさんいたし、わりと人懐っこいほうではあったと思う。

少なくとも、今みたくあえて人とかかわらないようにはしてなかった。

それに嫌いというよりは信じることが出来ない、と言った方が正しいかもしれない。


「そのさ、やっと見つけた、なんで連絡くれなかったのって聞かれた時なんて答えたの?」


「リリーってだれのこと。私はリリーじゃない。って言った。」


「ひっでぇ奴だな。
やっと見つけたってことはお前のことずっと探してたってことだろ?」


「向こうは今話題のスケーター。しかも長身で金髪碧眼のイケメンときたら女子がほって置かないのは当たり前。かく言う私はサボり魔のビッチで大分危ない奴。知らない振りして過ごすのが1番平和だと踏んだわ。」


「サボり魔のビッチってそれは単なる噂だろーが。」


「ビッチってのは気に食わないけどサボり魔ってのは合ってるし、危ない奴っぽくわざとしてるわけだから別にいーの。

下手に関わってまた昔見たくなるのやだもの。それに、バレたら名前までわざわざ変えた意味がなくなるし。」

「まぁなー。けどさ、確かにスタートはアイツが原因なんだろうけどドイツ行ってからは違うだろ?」


「んー…けど、私がアルの元パートナーだってわかった途端仲いい子もみんないなくなっちゃった。それ以外にも色々とあったし」


ズキンッと虚しく胸が痛んだ。

自分が弱かったのはわかってる。
けど、どうしたらいいかわからない。


「とりあえず今日はそれ飲んだら帰れ。
話しならいくらでも聞いてやるからちゃんと明日も学校行けよ?」

ポンポン、と私の頭を優しくなでてカウンターに戻る亮くんを横目に、ユリは再びカップに口をつけた。

ボーッと外を眺めながらゆっくりとカフェラテを飲み終え、お店を後にした。