リンクに着くと、アルのコーチであるパパはまだ来ていなかった。



「おまたせ〜」


練習着に着替えに行っていたアルが戻ってきた。

そしてふと違和感に気づく。



「ねぇ。なんでスケート靴2足も持ってんの?まさかとは思うけど、私の分、なんて言わないでしょうね?」



「さすがリリー。ご名答!!」



「やるわけないでしょ!?」



「"やるやらない"じゃなくて"やらなくちゃいけない"。要するに、mayじゃなくてmustってこと!!」



「普通に日本語だけで十分だから!!言い直さなくてよろしい!!とにかく!
私は今日は見学だけなの。実際に滑ることはしません!!」



ええーーー



文句を言うアル。


「やるの!!」



「やだ。」


「やらなくちゃだめ!!」



「だからやんないってば。」




この繰り返し。

いい加減疲れてきた…


とその時、



「リリーか!?」




あーーーー…

来たっ

さらに面倒なのが来たっ



「………はろーパパ。」



「リリーーー!!」



私の名前を叫ぶなりガバッと抱きしめられた。


海外では挨拶としてハグや頬へのキスをするのは当たり前のことではあるのだけど、最早これはハグでも何でもない。


抱きしめられてる。



「一体何年ぶりだい!?」


「そんな経ってないからね!?」



何ヶ月すっ飛ばして何年って聞いてきたよ…


相っっ変わらず暑苦しいったら無いわ。

最近いきなり抱きしめられることが多い気がする。


「ねぇ、ここエントランス。
人いる。人いるの!!迷惑だから離して!!」



「あ、あぁ、ごめんごめん。つい興奮してしまってね。」



ポリポリと頭を掻きながら離れるパパは今46歳。

だけどパッチリ二重と長いまつ毛。
そして通った鼻筋にスッキリした顔周り。娘の私から見てもカッコイイなってちょっと思うその顔は30代半ばくらいにしか見えなかったりする。



「おや。アルはなんで二足もスケート靴を持っているんだい?」



まずいっ



「いや、それはアルがパパの分を「リリーの分です♪」………」



「そーかそーか!!!
リリーやる気になったんだな!?
よしっ。娘の気が変わらないうちにさっさと行くぞ。
というか、なんだその格好は?
お前も着替えてきなさい!!」



あぁ〜

恐れていたことが…


「違うってば。やらないし。
着替え持ってきてないもん。」

事実私は練習着を持っ着ていないから嘘じゃない。

断じて!!


そもそも滑る気なんて皆無だったし今もない!!



「なんだって?滑るつもりだったのに持ってこないだなんて何考えてるんだ?」



いや、だから滑る気ないんだって。


そう私がもう1度言おうとした時、アル自分の方に掛けていたリュックを下ろした。


「リリーったら何ボケたこと言ってんのー?ちゃんと持ってきたじゃん!!」



そう言ってその中から取り出されたのはなんと練習着。



「持ってるんじゃないか!!ほら!さっさと着替えてきなさい!!」



パパはアルから練習着を受け取り私に持たせるとそのまま更衣室へと詰め込んだ。


パパの肩越しに見えたアルがニヤッと笑ったのを私が見逃すはずもなく…


「行ってらっしゃい♪」


「〜〜〜っ!!アルのバカぁーー!!」


私の絶叫がリンク中に響き渡ったのだった。