タクシーの中で、濱田は殆ど口を聞かなかった。


菜々は菜々で、酔いが冷めていくのを感じ、今更ながら、何故濱田の自宅での飲みに頷いたのか、後悔していた。


窓の外を流れる景色、その手前で少し下向き加減に目を閉じる濱田を、少しドキドキしながら盗み見る。


濱田を間近で見るのは22歳のあの時以来だ。

あの頃よりシャープな顎のライン。目鼻立ちに変わりは無いが、あどけなさが抜けた男の顔立ちに、月日が流れたんだと思い知らされる。


何であの時、別れてしまったのか。

濱田の何気無い一言が、何もかも上手くいかない自分への当てつけの様に思えて部屋を飛び出した。


そしてそれっきり濱田との連絡を絶った。


女はどう足掻いても、男と対等にはなれない。


卑屈だった大学4年の3月、濱田の一言で学んだ事。

そして、その後の男性不信な菜々を構築する。





「お客さん、この辺りですか?」

運転手の問いに、濱田は窓の外に目をやる。

「えっと、そこを右手に…
突き当りを左に折れたとこで…」

濱田が道案内する。



タクシーが停まり、ドアが開いて、道路に足を下ろした菜々は、絶句した。

「ここって………」


「ありがとう」

濱田は運転手に礼を言い、タクシーを降りて来た。

「どうかしたか?」

マンションを見上げ、固まる菜々。

「………まだ、ここに住んでたの?」

この懐かしい景色、見覚えのある建物…

そう、あの時菜々が飛び出した濱田の部屋があるマンションだった。