「ああ、それは日下部さんと喫茶店に行った日の夜の話ね」と、続けた辰野さんは、肩を竦めてやっぱり困ったように笑った。

当の私はといえば─── 絶句だ。絶句するしかない。

だってまさか、あのミスにこんなオチがあっただなんて。

あの時は、辰野さんにまで迷惑を掛けてしまって本当にどうしようかと悩みに悩んだけれど……その必要は、なかったんだ。



「タイガに本気でキレられて大変だった。アイツはお前が思ってる以上に今回の仕事と真摯に向き合ってる。その気持ちを踏み躙るなら、お前でも許さない……って、普段余裕たっぷりのコイツが、もう凄い剣幕でさ」

「お前なぁ……」

「なんだよ、本当のことだろ? 日下部さんへの俺なりの謝罪なんだから、これくらいは言わせろよ」

「だからって、」

「…………良かったです」

「え?」

「本当に、良かった……。辰野さん、私には何も言わなかったけど、もしかしたら上司に叱責されたりとか今後の査定に響いたりとか、本当は何かあったのかもしれないって心配してたので……」



思わず心の底から息を吐いて、辰野さんを見つめた。

あのミスは、間違いなく私の甘い考えから起きた失態だ。それはどうやっても消えることのない事実だし、取り繕おうとも思っていない。

けれど、今の話を聞いてほんの少しだけ、心は軽くなった。

もう二度とあんなミスをしない為にも、心を軽くしている場合ではないのかもしれないけれど。

それでも、私のミスに辰野さんを巻き込まずに済んで本当に良かった。