「そういえば、例の件ですが。早速今晩、どうでしょうか?」



けれど、ぼんやりとお客様を眺めていたところで不意にそんな声を掛けられて、私は驚いて辰野さんへと視線を移した。

私を見て相変わらず爽やかに微笑む彼と目が合って、つい瞳を揺らしてしまう。



「え、と……。それは以前、辰野さんが仰っていた " 公私混同 " のことでしょうか……?」

「はい、もちろんです。あの時、カフェの案件が落ち着いたら誘わせてくださいと言ったことです」



キッパリと言い切って、満面の笑みを浮かべた彼を前に、眉尻を下げてしまった。

今日の今日まで、私の中で見て見ぬふりをしてきた部分は確かにあった。

多分、これが私の自惚れではなければ、有り難いことに辰野さんは私に多少なり、好意を持ってくれているのだろう。

もちろん、好意といってもあくまで私に興味がある程度の話だと思う。

そう感じる理由の一つは、辰野さんの言葉の軽さ。本気か気まぐれか、その間を行ったり来たりしている辰野さんの言葉からは、誠実さというものが欠けている気がした。

もちろん、リップサービスもあるだろう。それでも、辰野さんが時折見せる真剣な表情が、私の心を揺さぶったのは確かだ。

だけど……だからといって、そこから何かが生まれたわけじゃない。

私たちは、仕事以外の付き合いでお互いのことを何も知らないのだ。

それなのに、深い関係になるというのは申し訳ないけれど無理な話。