「まぁ俺も、誰にも教えたことなかったからな」

「え?」

「お前が初めてってこと。これから先も、ここには、お前以外とは来ないだろうな」



けれど、素敵なカフェに出会えて躍っていた心もすぐに、不破さんに攫われてしまった。

自分の言いたいことだけ言って、当の本人は太陽の光を反射して光る海を眺めているけれど。

その横顔が余りにも綺麗で、つい見惚れてしまい、照れくささから目を伏せた。

……ホントに、ズルイ人。私のことばかりドキドキさせて、自分はいつも自由なんだ。



「ご注文は、どうなさいますか?」



一人、俯いていた私へとマダムの声が投げられて、ようやく顔を上げた私は迷うことなく「アップルパイで!」と答えた。

一緒にロイヤルミルクティも頼んで、この際だから満喫してやろうと心に決める。



「温かいうちに、どうぞ。ごゆっくり」



不破さんはブレンドコーヒーを頼み、アップルパイが運ばれて来たと同時に足元にやってきたレノンが、テーブルの下で気持ち良さそうに転た寝を始めた。

マダムお手製のアップルパイは食べたことのないくらいに美味しくて、上に乗せられていたバニラアイスと一緒に食べると格別だった。

時々、空と海を眺めて、不破さんと他愛もない会話をする。

内容はお決まりの仕事の話や、不破さんの趣味のサーフィンの話に車の話。彼の休日の話や私の家族の話を、ごく自然に話すことができていることに驚いてしまう。



「不破さんって、カフェとか来るんですね。かなり意外でした」

「カフェといえるカフェに来るのは、ここくらいだな。普段使いなら気楽に入れるコーヒーショップで十分だし、男なんて、そんなもんだろ」

「……夢のないこと言いますね」



私の言葉に、不破さんが「夢だらけのお前と一緒にするな」と優しく笑う。

こんなにも、穏やかな時間を過ごせたのはいつぶりだろう。

思わず、時間も忘れてしまうくらい。

今この瞬間がどうしようもなく幸せで、溜まっていた疲れも全て、静かに溶けて消えていく。

目を閉じて、澄んだ空気を吸い込んで……宝物のような " ひととき " を噛み締める。



「─── 、」



そうすれば、不意に何かがストン、と心の中に落ちてきて、私は思わず閉じたばかりの瞼を上げた。