「本当に申し訳ありません。私───」

「……ああ、そうだ。日下部さん、これから少し、時間ありますか?」

「え……」



けれど、説明しようと重い口を開いたところで、思いもよらない辰野さんの提案に言葉が止められてしまった。

顔を上げれば、彼は相変わらず柔らかな笑顔を私に向けていて、つい瞬きを繰り返してその笑顔を見つめてしまう。



「もし時間があるなら、せっかくなので外で話しましょう。今、財布だけ取ってくるんで、少しだけ待っててください」

「あ、あの、」

「すぐ、戻ります。えーと、そうだ。僕の携帯だけ持っててもらえますか?」

「……え?」



言いながら渡されたのは、辰野さんがいつも使っている社用のものであろう携帯電話。


どうして、大切なこれを私に……?


思わず心の中で呟けば、私の考えは顔に出ていたんだろう。再びニッコリと笑みを浮かべた辰野さんが思いもよらないことを口にする。



「うっかり逃げられないように、警察官で言う手錠替わりです」

「……え、」

「すぐ、戻ります」



混乱する私を置き去りに、念を押すように言い残した彼は、颯爽とフロアの中へと消えていった。


手錠、って……。


確かに、営業マンには必要不可欠であろう社用の携帯電話を渡されてしまえば、迂闊にこの場を離れることもできない。

結局私は辰野さんの思惑通り、彼が帰ってくるまで大人しくその場で待ち続けるしかなかった。