~京都~
「やぁ、わざわざ遠いのにすまなかったな、こっちだこっち」

そう言って親父の座っていた隣のカウンター席に通される。

親父が話し合う場所に選んだのはちょっと高級そうな寿司屋だった。

好きなものを頼んで良いと言われたが正直そんな気分じゃない。

それに母さんの話では親父に会いに行く移動費なども親父自ら持つと言っていたという。

「やっぱり母さんとは一緒じゃなかったのかぁ」

はっはっはと少し残念そうに笑う。

そう笑いながら俺の分を含め適当に注文をする。

それにしても親父と会うのは10年以上ぶりのはずなのだが、やけに親しそうに話してくる。

「大きくなったな、柳也」

当たり前だ、お前がいなくなって何年たったと思ってんだよ。

「飲むか?」

と言いながらお酒を勧めてくる。

「いや、まだ俺未成年」

そっかと残念そうにしょげる。

しょげたと思ったら、

「そういや、お前は秋刀魚は食べられるようになったのか?お前は秋刀魚の骨取れないで苦労してたっけ?」

はっはっはと笑いだす。

その態度にむっとした。

お前のせいで母さんは病んでしまったんだぞ?

自覚はあるのかよ?

どうしてそんな笑いながら俺に話が出来るんだよ?

「なぁ、親父」

少しムカついているから少し声色を低く言う。

「なんだい?」

と、いたって平然と返してくる。

親父はひょっとして気づいてないのか?

親父がいなくなってからの母さんことを。

今でも俺たちは平和に暮らしていると思っているのか?

それなら馴れなれしいのも納得だがだったらそれはそれで余計に腹がたつ。

「単刀直入に聞く、何で今になって母さんと寄りを戻そうと思ったんだ」

親父はそれを聞いて、はて?ととぼけた感じでいた。

「とぼけるのか!」

俺は半分キレていた。

お前のせいで、お前のせいで!

「いや、別にとぼけたつもりはないよ。理由は母さんから聞いてなかったのかい?」

母さんからは聞いている。

「仕事が軌道にのったからだと、母さんは言っていた」

だけどその理由じゃ納得できないから聞いているんだ。

だけどその本人はうんうん、とちっとも悪びれた様子もなくうなづく。

「そうだね、そのとおりだ。理由を知っていて理由を聞くなんておかしなやつだな」

そう言ってはっはっはと笑った。

なんかその笑い声が癪に障った。

「お前、お前は・・・。お前がいなくなった後の母さんの様子を知らないのか!」

俺はキレた。

「お前のせいで母さんは、母さんは・・・」

さすがに親父も黙った。

知らなかったのなら驚くはずだから黙っても当然だ。

だけど、親父の反応は意外なものだった。

「・・・知ってたよ」

今、なんて言った?

知ってた・・・だと?

俺は親父を見た。

さすがに親父はさっきのようには笑ってない。

「知ってたよ、僕が離婚した後のことも。母さん、長い間病院へ通ってたんだって?」

親父は目を伏せ、ふっ、とため息をついた。

さっきまでの笑い方とは明らかに違う。

「その病院には僕の知り合いがいてね。残念ながら担当医ではなかったんだけど。その人からよく説教されてたんだよ。お前は馬鹿か、って」

「知ってたならどうして!」

それを聞いてははは、と自嘲気味に笑う。

「僕にはその資格がなかったからだよ」

「資格?資格って何だよ!」

「僕は母さんよりも、家族よりも、仕事を選んだ。
当時やっていた仕事をね。
ぶっちゃけてしまえば経営は傾いていた。
倒産の危機だってなかったわけじゃない。
そうしたら家族はどうなる?
食いぶちに困るだろう?
だから父さんがんばった。
家族の団欒など省みずにね。
その後、気づいてしまったんだ。
僕は家族よりもこの仕事の方を生きがいにしたいと」

「世間一般では仕事も家族を助けるためだと言うやつもいるけど、それはもっともだと思う。だけど僕が抱いたのは家族のために働くのではなく、僕の実力がどこまで通じるかという、自分勝手な願望だったんだ」

「今の柳也にはちょっとわからないと思うけどね。いや、もう柳也も子どもじゃなかったんだっけ?いつまでも子ども扱いしてすまんな、だけど僕にとっての柳也は未だにあの時と同じ子どもなんだ」

遠くを見つめるようにして昔を懐かしむように語っている。

話が途切れるたびに、はははと苦笑する。

「僕は仕事を選んだんだ。
家族を養うために働く、もちろんそれもあった。
だけど母さんと一緒にいる時間より仕事をしている時間の方が長くなり、
休日だって出勤した。
それでね、ある時ふと思ったんだ。
このまま母さんをほったらかして仕事をし続けるのはいかがなものかと。
僕は家族より仕事を選んだ男だ。
そんな男の傍にいて幸せな女はいるのだろうか?と」

「母さんはそれでも、全然問題ないし幸せだと言ってくれた。だけど僕自身がそれを許さなかった。母さんは幸せであるべきだ、母さんは僕なんかよりももっと母さんを大切にしてくれる人と出会うべきだと思ったんだ。母さんはまだまだ若い、それに綺麗だ、チャンスはある。幸せになるチャンスはまだあると思っていた」

そこで話が止まる。

「だから・・・、僕は母さんに別れの話を持ちかけた。何か別のものを選んだ僕ではなく、もっともっと母さんと一緒にいてくれる人を探すように、と」

初めて親父から聞かされる離婚の理由。

それは本当に仕事を理由としたものだった。

それと同時に母さんの幸せを願ったもの。

「柳也の学費、その他一切の生活費は僕が持つ。だから母さんは幸せになれ、そう告げた」

「母さんは泣いてたよ、大泣きしてた。今以上の幸せなんてないよってね。はっはっは、正直嬉しかったよ。でもね、これ以上の幸せがないと思うのは母さんがもっと外の世界を知らないからだと言ってあげた。これに対しても母さんが違う、と言っていたな。それでも僕はこれが正しいんだと信じてその意思を貫いた」

「その結果は柳也が知るとおりだ。僕は母さんのことを思って、良かれと思いしたことが災いした。母さんにも、もっと広い世界を見てほしかった。その世界の中で新たな幸せを見つけてほしかった。だけど母さんは幸せを見つけられなかった。僕は強引だったんだな・・・」

はっはっは、と力なく笑う。

俺の中での親父はこんな力弱く笑う人じゃなかった。