さよならを告げるまで




 邸にきたばかりの頃なんて、敷地内に寝そべる竜にびっくりして後ずさりをした。ニーナもまた同じく、揃ってフェルゼンの後ろに隠れたほど。

 フェルゼンに付き添われて触ってから、度々アッシュに触らせて貰っていた。
 アッシュもまた慣れたのかこうしてすりよせてくるのである。大きな顔に、口を開けば鋭い牙。猫のような目はやはりちょっと怖い。

 竜は主人を選ぶという。竜にも種類がいるのだが、信頼関係が不可欠だとフェルゼンは言っていた。
 アッシュはフェルゼンを、フェルゼンはアッシュを大切にしている。



「カオル、竜に乗るか」

「えっ」

「前に言っていただろう。乗せてやると」
「けど、その」

「落とさない」

「ちょっと」



 真顔で落とさないとか言わないで欲しい。

 ぎょっとした私に、アッシュが再び頭をすりよせてくる。しぐさは可愛いんだが、力があるため体は動く。
 


「ほら」



 アッシュは首を低くし、それにフェルゼンがひらりと跨がる。乗りやすいよう鞍らしきものがあり、フェルゼンは手を伸ばす。躊躇いがちにとると、そのまま引っ張られる。腰が落ちたのはフェルゼンの前。



「あの」

「慣れと経験は重要だな」



 ぐっと腰に腕が回る。その感触が生々しくてどきりとしたが、それよりも首をあげて翼をアッシュに体が強ばる。「俺に体重を預けて構わない」と耳元で声。

 今さらだが、フェルゼンはイケメンの分類である。美桜がひかれるだけのことがあって、背中がぞくりとしてしまう。


 アッシュが低くした体勢から立ち上がる。翼が広げられ―――。



 翼がはためく!



 声なんて出ない。むしろかなり怖い。よって体がこわばるのは仕方がない。後ろではフェルゼンが手綱をもち、私を支えたまま。
 
 アッシュが上空へ浮上!翼が何度かはためき、風を掴む。
 浮上する間は少し不安定だが、こうして垂直になると安定してくる。