母に昔、聞いたことがあった。母の出身であるキリアール王国のことを。母は寂しげに笑いながらそういっていた。

 何故いい思い出がないのか。フェルゼンはいい機会だと聞いてみた。


 母は不運だった。母親を亡くし、父親はあらたに妻を迎え子供が出来ると、母を蔑ろにしたという。継母もまた興味がないと、母は孤独であったという。そして年頃になったとき、フェルゼンの父親との縁談が持ちあがった。いわゆる、政略結婚である。
 国同士の繋がりは、手っ取り早く王族や貴族の嫁取りなどである。母には逆らえなかったであろう。

 異国の、言葉や宗教が違う者に嫁ぐことに母は心細かったという。まして竜の国だ。キリアールでは竜は邪悪とされるため、実に不安であっただろう。


 だが、ここで母の不運は終わる。


 フェルゼンの父親は、見た目こそ 猛獣(フェルゼンの見た目は半分以上父親から受け継いだとよくいわれた)で、武人らしい見た目あったが、異国からやってきた花嫁を心底大切にした。

 花嫁と話していくうちに内面に惚れたのだ、と言っていたことがあるのをフェルゼンは知っている。

 シャエルサーンの武人は嫁を溺愛している、などと一時期話が持ち上がるほど。

 武人である父は掌はごつごつとしているため、母を傷つけないかと問うたらしい話は聞いた。フェルゼン自身、両親は政略結婚であったとはいえ、幸せな中で生きてきたといっていい。



 母が不運な時代は、この国にいた時期である。偏見はあった。だが、見て、体験したかった。母の故郷を。

 そうして今から二年前、フェルゼンは留学という形でやってきたのである。