「ターシャ、聞いたか」
同僚が神妙な面持ちでそういってきたため、ターシャは同じくらいの目線の男に顔を向けた。
ターシャは女だが、身長が男並みにある。ちょっとしたコンプレックスだったのだが、「身長は縮まないんですから諦めて背筋を伸ばしてなさい」と鬼畜上司(アレス)にいわれてから、あまり気にならならなくなるまでになった。
むしろ気にしてられなくなった、といっていい。毎回弄られていれば諦めるしかなくなるではないか。
「聞いたかって、何が」
「団長の話だよ、団長の」
「団長の…?別になにもないけど」
団長はしばらくスフォルを離れていた。理由はよく知らないのだが、留学という形だったはずだ。
ご母堂がキリアール出身だったため、それも関係あるのだろう。
そんな団長が二年ほどキリアールで過ごして帰ってきた。二年ほど、というのは団長という肩書きのある者としては長いが、出来ないこともなかったらしい。
色々とあるのだろうと思う。その間はアレスが臨時で団長を勤めていた。
戻ってきた団長は猛烈な勢いで仕事を処理しているのは知っている。
団長がキリアールへ行っていた間に入った新人らは初めて団長の顔を見たことになり、その鬼っぷりも身をもって体感したはずだ。よって新人が「あれが噂の魔王…」と青い顔をして呟いているのは見なかったことにする。
それ以外に、何かあったか?
「デートしてたらしい」
ターシャは思わず「は?」と聞き返した。
今の話の流れだと、団長が誰かとデートしていた、ということになる。
団長が?
あの魔王は年齢的に、デートしてもおかしくない。
「べ、別にいいのでは?」
「いやまあ、そうなんだが。その相手がな」
「相手がどうかしたんですか。超絶美人とか」
同僚が迷う。
「……黒髪の少女だったらしい」
「少女!?」
声がデカイ!と怒られて、ターシャは慌てて口を閉じる。