風が吹く。まるで誰かが背中を押しているようだ。

見慣れた神社の鳥居をくぐり抜け、まっすぐに歩く。
お母さんに殴られた所が歩くたびに鈍く痛む。それも何だか慣れてしまった。

私は嫌なことがあったり、殴られたりしたらいつもこの場所に行くのだ。


不意に、道の端の草むらがごそごそと動く。その音にびっくりしてしまう。

「もしかして、かみさま?」
そうだここは神社なのだ。きっと神様に違いない。

怖い気持ちと好奇心が混ざり合っているが、好奇心が勝った。
ゆっくり覗いてみる___。

「怪我、しているの?」

そこには真っ黒で綺麗な毛並みの狐が足から血を流して倒れていた。
近づこうとすると、ぐるるるると威嚇される。

「大丈夫だよ、手当てするだけだから」

そう言ってゆっくり近づく。
最初は威嚇していた狐も、私に害がないとわかると大人しくなった。

「待っててね、この包帯巻いてあげる」

「あなた綺麗な毛並みね。真っ黒でつやつやしてる」

自分の服の裾で狐の血を拭う。そして、自分が巻いていた包帯を解く。
その包帯を巻いてあげる。人にやってみてもやっぱり不恰好だけれども仕方がない。

「はい!もう痛くないよ!」

狐はゆっくりと立ち上がる。

「なおね、実は友達いないの。みんな私が変な物見るからって…だから狐の神様、なおと、友達になって?
大きくなったら結婚してあげてもいいよ‼︎」

すると狐は黙って私を見つめると、私の手をぺろっと舐め茂みに消えてしまう。
私はその影を必死に追いかけた。

「まって、まってよ」

だがもうあの狐は見えない。残ったのは寂しさと、冷たい風だけ。
ああ、やっぱり私は1人なのだ。
神様にも見捨てられているのだ。
だからお母さんは私を殴る。私が変だから。この世に居てはいけないから。

涙が一筋、頰を伝う。
涙なんて久しぶりだ。ずっと我慢してきたのに。

その時突然大きな風が吹いて、木々が大きく揺れる。

そして声が聞こえる____。
優しい男の人の声が__。

「約束だぞ____奈緒、必ず迎えに行く」

チリン……____美しい澄んだ優しい鈴の音が聞こえる。

「わぁ、さっきの狐の神様ね‼︎私はいつでも待ってるよ‼︎」

今度は微風が吹き渡り、辺りはいつものように落ち着きを取り戻す。

迎えに行くだなんて、まるでけっこんのお約束をしたみたい!

_______この時交わした狐との約束
絶対に忘れはしない________

本当にそう思っていた。