自発的に『私だけの傍にいる』のではない。
他のドコにも行けないのだ。

自発的に『私だけを見る』のではない。
他の人間に見られてはならないのだ。

自発的に『私だけを愛して』いるのではない。
この男に縋るより、他に生きるすべがないのだ。

そこに彼女の意志はない。

これでいけしゃあしゃあと『人間だ』なんて、笑わせる。

信太郎が語る、表面だけは甘い言葉で飾りたてた卑劣な愛に、要の血は逆流した。

怒りで震える彼の肩を、腕の中の紫乃が強く握る。

彼女もきっと、憤りを覚えているに違いない。


「花京院様、花京院様。
どうかわたくしの話をお聞きになって」


そう、きっと激しい憤りを…


「お願いです。
早くお逃げくださいまし」


あら?
違いなくなかったわ。

気の毒なほど蒼白ではあったが、紫乃はたった一つしかない瞳でひたむきに要を見上げていた。


「今ならまだ間に合いますわ。
信太郎さんが部屋に入ってくる前に、窓からお逃げくださいまし」


そうだね。
まだ間に合うね。

いくら梯子が怖かろうが、何度も言うように落ちたところで死なないワケだし。

窓から出て全力で走れば、逃げられるね。

信太郎がトライアスロンでもやってない限り、年齢差で要のほうが確実に速いワケだし。

でも…