耳の辺りからレイヤーを入れ、毛先にゆるくパーマをかけた肩にかかる黒髪をグシャグシャに掻き乱しながら、唐突に男は名乗った。
少女が大きな目を瞬かせる。
が、すぐに唇に笑みを浮かべ、座ったままカクンと一礼した。
「初めまして、花京院様。
わたくしは紫乃と申します」
「…
まじで動くし…
笑ってるし…
綺麗だし…」
「なんですって?」
「あー… えー…
さっき、後で話すって言った『事情』だケド。
いつもその窓から外を見ている君に、僕は恋をした」
「え…
あら…まぁ…」
「で、思い余って、この前、君に会いに来たンだケド。
この家のご主人に追い返されて。
それから、窓どころかカーテンも開かなくなって。
さらに思い余って、どうしても君に会いたくなって」
「まぁ…」
「で、ご主人の留守を見計らって、通報覚悟で家から担いできた梯子を使って、ココまで登ってきたワケなンだケド。
ちょっとナメてた。
グラグラして、怖かった」
「まぁ!『コッペリア』みたい!
本当におかしな方ね!」
その常識ではあまりにもあり得ない『事情』と、思いを打ち明けるにはあまりにも淡々とした要の口調に、鈴を転がすような声で紫乃は笑った。



