「はーい。・・・あれ、柚紀ちゃん?」
「お久しぶりです」
「二年前に出てったきりだものね。ほんと、久しぶりだわ」
「はい。・・・えっと、それでですね――」
「ああ、大丈夫。柚紀ちゃんの部屋、まだそのままにしてあるから」
「ありがとうございます」
私は管理人さんに頭を下げると、融を連れてアパートの階段を昇った。
二階、東側の角部屋。
そこが、二年前まで私が暮らしていた部屋だ。
ここを出る時にできればそのまま残しておいてほしいと頼んでいたのを、忘れずに守ってくれていたのだと思うと、嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいになった。
途端に涙腺が緩んで、泣いてしまいそうになるのをぐっと堪える。
管理人さんの言った通り、私の部屋は本当にそのままだった。
家具の配置はもちろん、テーブルの上に置きっ放しにしていたあの日の新聞も、キャップが開きっ放しのボールペンも、全てがそのまま、あの時のままの状態で残っていた。
まるで、この部屋だけが時を止められていたかのように。
まるで、ここだけが世界の全てから置き忘れられてしまったかのように。
「泣くな、ユズ」
「・・・泣いてないもん」
「そう言うやろうと思った」
「・・・」
「なあ、ユズ」
融に名前を呼ばれて、私は「はい」と短く返事をした。
彼の声のトーンから、彼がこの先何を言おうとしているのかが何となく分かるような気がした。
私は彼を見上げ、彼は私を見下ろしていた。
お互いの視線が絡まり合い、それから、ふっと微笑む。
言葉なんて、いらなかった。
彼はそっと、私にキスをした。


