しかし彼女は熊野の横に立つと、顔を叛けた俺を見上げ、じっと覗きこんだ。

彼女の表情からは何も読み取れない。ただの白紙、タブラ・ラサ。
 
いつもの会話と変わらない調子で尋ねた。

「秋人サン。何かした?」
 
俺は強張ったままの首をやっと横に振る。

「……何もしてない……誓って」

勇気を出して、小さな彼女をじっと見返した。

こんな事言ったって……

今の俺は、名前のとおりの『オオカミ少年』。
どれだけ本当の事を言っても、信じられる要素はどこにもない。

せっかく約束守ったのにな…

過去の行いは悔やんでも、消えることは決してない。

「きっさま、まだそんなコト言って…」

怒れる鍾馗様の如く、襟元をもう一度掴み上げて再び手を振り上げた熊野を、彼女は静かに制した。

「熊野サン、止めて下さい。
彼が……ああ言ってますから」

「とうこ…?」


その時彼女が見せたのは

これまでにない慈母の笑み。

彼女は熊野に向き直る。