長かった夏休みも終わり、二学期の初登校である。


『 ミヒロもやれば出来るじゃない。ちゃんとすればお兄さんに甘んじる事はないよ』
『 コンプレックスと言うのかな、兄貴には勝てないと言うか。昔からそうなんだよ。成績優秀だし、高校も名だたる進学校にお行きなさった。おそらくは大学もとんでもないレベルの学校に行くんだろうよ』
『私が言ってるのは気持ちの問題なの。それは、お兄さんと同じ大学には行けないかもだけど、だから何って言ってるの。要はミヒロの気持ちなの』
『言ってる事は分かるけどさ』

「おっす」

肩をポンと叩いて飛び出して来たのは大田だった。

「よっ」
「宿題、終わらせたかー」

『しっかり』

栞がささやく。

「当然よ。あれくらい、ちょいちょいだぜ」
「よく言うぜ。数学で四苦八苦してた癖に」
「うっせ」
「ところでミヒロさ、9月と言えば何だ?」
「はて、何だろ」
「文化祭だぜ、文化祭。ホントもう、今から楽しみだぜ」
「確かに文化祭は楽しそうなイベントなのだが、お前が言う(楽しみ)は少し意味合いが違うように思うのだが」
「文化祭だとな、みーんな浮ついた気分になってるんだぜ」
「それで」
「文化祭、彼女獲得大作戦っていう寸法だ」

栞が思わず吹き出す。

「そもそもな、その浮ついた気分になるって言うのは、どこから拾ってきたデータだ?それに、一学期の時にはお前彼女居てたよな。それはどうなったんだ」
「あ、それは、実は別れちゃったんだ」

初耳だ。

「出来ればもう少し聞こうじゃないか」
「うん。まぁ。あれだ、そう、振ったんだ」

明らかに嘘臭い。振られたんだな。
話しを聞きなから、栞はキョトンとしている。

「まあ、それ以上は聞くまい。武士の情けだ」
「お前それ俺のセリフじゃんかよ」
「そうだったかー」

そんなやり取りをしている間に、学校が見えてきた。


※※※※※


数日後のホームルームでの事。文化祭の出し物を決める事になった。

俺的には(楽しければなんでもいい)というスタンスの為、率先して発言しようなどとは、針の先程も思ってはいなかったのだが。
どうした事か、俺の病原菌はクラス中に蔓延しており、それは担任と委員長の頭を悩ます事となった。
栞が「何か言えば?」とささやくのだが、この空気で発言するのは、ちょっとな。みたいな。

委員長がある提案をした。それは合唱だった。
思わぬ展開にクラスがざわめいた。

『いいんじゃない』
『なんでお前が目を輝かせてるんだよ』

そして、アンケートを取る事になった。

「合唱と言う意見に反対の人、挙手」

4〜5人くらいだった。ってかこのアンケおかしくないか?

「希望の曲とかあれば、事前にクラス委員に言ってください」

無いな。100%無いな。って言うか、もう既に決まっているんじゃないか。


放課後。

「よっ」
「大田か。お前どうしてホームルームの時に、何か提案しなかったんだよ。あれだけ楽しみにしていたのに」
「俺が楽しみにしているのは、クラスの出し物なんかじゃ無いしな」
「現金な奴だ」
「ミヒロだって人の事言えるのかよ」

『そうよそうよ』
『栞は口をはさむな』
『何よ!』

あからさまにムッとした表情を作る栞

「とにかく、あの空気では意見とか出来なかったんだ」

この話しにはどうやら大田も同意しているようだ。

「まぁな、あの空気じゃね」

栞が言う。

『経緯はどうであれ、合唱成功させないと。ね』
『ここは、クラス委員がどうまとめるかだよな』
『他人事みたいな言い草ね』

そうは言ってもなぁ。
まるで口をはさむかのように、大田が言う。

「合唱とかさ、パパッと終わらせて、いい女探しに行こうぜ」
「俺はパス。まぁ、応援くらいならしてやってもいいぜ。陰ながらだけどな」
「つれねー奴。いい女見つかっても教えてやんねーからな」
「どうぞ、ご自由に」

って俺は今、栞で手いっぱいなんだ。しかもお前の姉ちゃんだぞ。
なんて、口が裂けても言えないが。


「そう言えば、練習って放課後だよな。帰宅部の俺達は毎日練習しなきゃいけないのか?」

大田の言葉に、流石の俺もギクッとした。

「いや、まあ。多分そうなるだろうな仕方あるまい」

栞が入ってくる。

『合唱ってどんな曲するのかな』

確かにそこは重要なポイントだ。簡単なのと難しい曲だと大違いだからな。

『どんな曲であっても、練習すれば大丈夫よ』
『ホントお前は軽いよな』


そう、栞は基本楽天家である。
時々幽霊であると言う事を忘れてしまうくらいに。