本屋が見えてきたあたりで、栞が言った。

『今日は行かなくていい』
『え、どうして?』
『とにかく引き返して』
『引き返すと遠回りだろ』
『いいの』
『何だよ、急に』
『いいから早く!』

よく分からないが、体調でも悪いのか?幽霊なのに。
その後の栞は、俺が何を言っても返事もなくただ黙ったままだった。


翌朝、栞は俺を起してはくれたが、相変わらず何も語ろうとしない。
時折、俺を遠い目で見つめには来るが、本当にそれきりである。
虫の居所が悪いとか、そういう問題じゃない。
授業が始まって驚いた事があった。栞は俺から離れて座っている大田の前に移動して、その大田を見つめ続けている。


あいつ、俺から離れる事が出来るんだ…


俺に取り付いてからは、常に俺のそばから離れる事なんか無かった。そしてそれが普通だと思っていた。
あいつに何が起きているんだ?悪い予感しかしない。
気が済んだのか、今度はメグを見ている。しばらくしたら教室から出て行った。
戻ってきた栞の表情は、観察能力が無い俺でも、それは深刻なものだと理解するのは容易い事だった。

『お前、さっきから何してるんだよ』
『授業に集中して』
『出来るかよ』
『お願いだから、そうして』

結局、その1限もその後の授業も全く耳に入らなかった。

『栞さ、いくつか聞きたい事があるんだけど』
『今はやめて。お願い』
『そうか』
『ミヒロ、今日は練習は休んで』
『休む?なぜだ』
『何も言わず、私についてきてほしい。一緒に行ってほしい所があるの』
『それは構わないが』

放課後、俺はメグに部室の鍵を渡し、そのまま教室を出る。
上履きからスニーカーに履き替え、俺は玄関を出る。

『行きたいところは遠いのか?それくらいは教えてくれてもいいだろ』

いつもの帰路とは違い、駅の方に向かう。

『大丈夫、それほど遠くないから』
『なぜ行くのか、これも内緒か?』
『それは…』

口をつぐんでしまった。
よく考えろ。昨日、本屋に行く途中からだ。栞が変わったのは。だが、今日向かっているところは反対方向だ。

『電車に乗るから』

栞に言われ、ICカードを取り出す。

授業中、大田とメグの顔を眺めた後出て行った先は、おそらく他の部員の顔を見に行ったのだろう。
お前、何を考えてるんだよ。

2駅目で降りる事になった。