まず、幽霊にとりつかれた話しとか普通ならホラーなのだが、栞からはそういう手の恐怖感は感じる事はまず無い。
恐怖感どころか、居るだけで気持ちが落ち着くんだ。
ある意味、それの方が奇妙ではあるが。

その栞と、三学期始めの登校の途中である。
校門が見えてくるあたりで俺を呼ぶ声がする。

「ミヒロ~」

メグだ。
メグと登校の時に出会うのは珍しい。
と言うのも、電車通学の生徒の大半は結構早めに登校している。
電車が遅れると面倒だからと言う理由だそうだ。
遅延証明書とかもらうのって確かに面倒くさそうだしな。
俺は徒歩での通学だから、いつもギリギリに登校している。
今日は「最初の日くらい早く行きなさい」と母さんに急き立てられ、30分くらい早く家を出た。という塩梅だ。

「よう、おはよう」
「ミヒロ、どうしたの?今日は早いね」
「たまにはいいだろ」
「あ、そうだ。一つ話しがあるの」
「うん?どうした」
「うーん、やっぱどうしよっかな」
「なんだなんだ?焦れったいだろうよ」
「やっぱ、部室で教えるね。先に行ってるから」

そう言うと駆け足で下駄箱に行ってしまった。

『なんなんだ、あいつ』
『何か隠してるみたいだけど、悪い事じゃないと思うよ』
『それはそうだろうけど。しかし何だろ、気になる』
『いいんじゃない。部活の時に教えてくれるみたいだし』
『そうだな。俺もさっさと教室に行くか』

クラスの半分くらいが揃ってるという感じか。
大田はまだ来てない。
ま、早く来たってなぁ。

『栞は朝の目覚めは良かった方なん』
『そういうのに得意とかあるのか分からないけれど、目覚ましよりも早く起きてたよ』
『じゃあ目覚まし要らないじゃん』
『保険みたいなものね』
『保険かぁ』
『お母さん、最近早起きになったって言ってたよね』
『それはさ、時間になると目覚まし時計よろしく、お前が起こすからな』
『あは、そうだっけ』
『とぼけるなよな』

程なく太田がやってくる。

「よっ」
「おはよ。この間はお前のおばあさんにすっかり世話になったな」
「いいって事よ。元来世話好きだからな、じっちゃんもばあちゃんも」
「美味かったぞ、お雑煮」
「味噌好きで良かったよ。ま、お前の好みまで知らねーだろうけどな」
「そりゃそうだろ」
「またいつでもおいでって言ってたぞ」
「そりゃまた喜ばしい事だな」
「そう、三田君に言っておいて。だとよ。お前何か気に入られるような事したっけ」
「心当たりはないが」
「そうだよな、考え過ぎか。いけね、もう担任来たし」

『ホームルームだけだから、部室にも早く行けるな』
『そうね、メグちゃんの発表も気になるし』
『そうだな』

ホームルームが終わり、俺達はいつものようにメンバー揃って、部室に入る。
五十嵐が言う。

「どうする、今年最初の一曲目だよ。景気のいい曲やる?」
「そうだな、一発やっか!」

そうして、五十嵐のカウントがまさに始まる。
もう何度となく演奏している曲だ。始めは英語の歌詞に戸惑いはあったが、今となれば全然気にならない。むしろ自然なくらいだ。
五十嵐のパワフルなドラム、リクのリズムギター、中川のリードギター、そして俺のベース。それを笑顔で見ているメグ。
臭い言い方で表せば、きっとこれが青春なんだな。
曲が終わるとメグの拍手。そして嬉しそうにこんな事を言い始めるんだ。

「凄いね。聞くたびに良くなってる。特にコーラスとかぴったりよ」
「歌にはそんなに自信無いがな」
「そんなことないよ。それよりさ、みんな見てほしい物があるんだ」

メグは一枚の紙を出してくるそれには、ラブソングとおぼしき歌詞がしたためられていた。

「これって中川は知っていたのか?」
「話しは聞いていたけど、見るのは今が最初だ」
「へー、お前にまで隠していたのか。まさしくサプライズだな」

その歌詞をメンバー全員が見終わったあたりで、五十嵐が話し出す。

「この歌詞って女性目線よね。今のメンバーでこの曲を歌うのはちょっと変かなって」
「確かにこの詩で俺達が歌うのもなぁ」
「いい案があるの」

五十嵐の案は、今の編成を変えてしまうと言うのも。
中川をキーボードにして、メグにはボーカルとして歌ってもらうというもの。
かなり大胆な案だ。第一、メグが返事をするかだぞ。

「私、いいよ。楽しそうだし」

いいのかよ。確かにこいつは「パーっとできれば」と言うような事も言っていたし。

「それより、中川はどうなんだよ。お前、キーボードになるぜ。いいのかよ」
「俺は構わないぜ。メグがいいなら」
「リクはどうなんだ。ビートルズしたいんだろ」
「新しい事に興味はあるし。それに、時々ビートルズのコピーが出来れば問題ないよ」
「だとよ、五十嵐。これで決まりだな」
「ミヒロはどうなのよ」

五十嵐が俺の希望を聞いてくるのは意外だった。

『もちろんOKだよな』
『あったりまえでしょう』
『だろうな』

「もちろんOKだぜ。中川、曲作ってくれるんだろうな」
「いいぜ。一週間くれないか。それまでには仕上げるから」

そんな話しをしている時に扉が空いた。
草野だ。
この部を発足してからただの一度も顔を出さなかった草野が、このタイミングで入ってきた。

「今から始めるところだったのか」

ここは挨拶をしておくべきだろう。
無難な文句を頭に描いていた。

「先生、今年もよろしくお願いします」
「この部が出来てから一度も諸君らの演奏を聞いていなかったからな。今日は別段用事も無いし、少し覗いてやろうと思ってな」

相変わらず上から目線で喋る奴だ。子憎たらしい。

隅でこじんまりするメグとリク。顧問の顔も知らない中川。そして、どこからでもかかってきなさい!と言わんがばかりの五十嵐。お前も顔を知らないんだろ。どうしたもんか。

「よし、始めるぞ!」

リクにそう告げ、ビートルズのナンバーをする事にした。

栞が笑顔でこっちを見ている。
五十嵐に目配せをして、カウントが入る。
リクのギターリフ、中川のリズムギター、五十嵐の圧巻のドラム、そして俺のベース。
歌もコーラスもいつものキレだ。
草野はパイプ椅子に座り足でリズムを取っているように見えた。
思わぬ珍客にも動じない俺達の姿が、そこにはあった。
曲が終わる。
そして、草野が話し出す。

「思った以上の完成度だ。正直驚いている」

メガネを中指でクイッとあげ。

「ここまで出来るのなら、オリジナルの曲を作ってみてはどうだ」

これはまた意外な言葉が出てきた。

「ついさっき、オリジナルの曲をしようかっていう話しをしていたところでした」
「ほう、それは楽しみだな。オリジナルの曲が溜まればこの同好会の名前も変えなければな。新入生が来るまでにな」

『新入生か。それは考えてなかったな』
『でも、草野先生の言う通りだよ、ミヒロ』
『そうだな』

五十嵐が言う。

「それじゃあ、バンバン曲を作ってこの部も改名って事だね!」
「君達が、目標を持って部を続けるのは大いに結構だ。これからも続ければいい。今日来たのはそれを伝える為だ。それでは」

言うだけ言うと、草野は出て行った。
五十嵐が訝しげに言う。

「何、あの態度。むかつく!」
「まぁそう言うな。あれでも随分マシになったんだぜ」
「あれで?ねぇそうなのメグちゃん」
「そうね、初めはもっと怖い感じだった」
「ふーん、まぁいいわ。中川、曲の方よろしく」

中川は無言で相槌を送る。

『俺には、草野がなんで顧問を引き受けたのか分かる気がするぜ』
『なになに、教えてよ』
『俺達がな。フラフラと遊んでるくらいなら、例え同好会であっても自分達の意思でこうやって練習したり、考えたりしてほしかったんじゃないかな』
『それがたまたまミヒロだったって事ね』
『俺はかんけーねーだろ』
『あるわよ。草野先生を動かしたのはミヒロでしょう』
『それはそうだが』

そして俺達はオリジナルとビートルズのコピーの両方を続けていく事になった。