翌日、着替えなどの入ったリュックを背に、俺は待ち合わせの駅前に居た。
『ちょっと早く来ちゃったかな』
『そうでもないと思うな。涼が遅いんでしょう』
『そう言ってやるな。お前の弟だろ』
『あ、あれ。涼だよ』
太田が小走りで近寄ってくる。
「ミヒロー、待たせたか?」
「よっ大田。おはよ、俺なら大丈夫だ。まだ時間あるから、缶コーヒーでも飲まないか?」
「そうだな、時間つぶしだな」
俺達は、自動販売機の前で甘いコーヒーにありついていた。
大田が思い出したように言う。
「そういや、年明けて初めて会うな。改めておめでとさん」
「あぁ、今年もよろしくな」
「それはそうと。俺の勝手な推測だが、ミヒロって何だか変わったよな」
「そうか?」
「多分、去年じっちゃんの家に行ってからだ」
思わず、ぎくりとする事を言い出す奴だ。
「偶然だよ、多分な」
「ほら、救急車に乗ってた時にな。お前うなされていてな」
俺ははぐらかす言葉を探していた。
「そ、そうか。俺、覚えていないんだ」
『ミヒロって嘘つくのホントヘタね』
『うっせ』
「あの時のミヒロって、誰かと話ししてるような。そんな気がしたんだ」
「気のせいだろ。もしかしたら、悪夢でも見ていたのかもな。俺は全く覚えていないが」
「悪夢か。まぁそうかもな、かなり汗もかいてたし」
何とか言い逃れたようだ。
そして、俺達は電車バスと乗り継ぎ、大田の実家を目指していた。
あの夏の日に見た光景とは違い、うっすらと白く染まった屋根が見える。
バスを降り、大田の実家が近くなる。
『見えてきたな』
『うん、私の家』
『ああ、そうだ』
栞にすればそこは、(実家)ではなく(自分の家)なんだ。
思わず、変に勘ぐってしまうな。
「ミヒロ、そこだぞ。覚えてるか?」
「ああ、もちろんだ」
忘れるもんか。あの夏の日から俺の周辺が一変したんだ。
お望みなら、お前も巻き込んでやりたい気分だぜ。
大田が引き戸を開ける。
「じっちゃん、ばっちゃん。ただいま!」
いつかの風景だ。この後俺は仏壇に目をやるんだ。
そう。あの時と同じように。
同じじゃ無かったのは、その次に声をかけて来たのは、大田ではなくおばあさんだった。
「え、あ…。。。あ、三田君、でしたよね」
まるで、虚をつかれたかのように唖然としているように思えた。
「はい。去年の夏にはご迷惑をかけて、すみませんでした」
「いえいえ、いいのよ。立ち話もなんですから、さっ奥へどうぞ」
そう言われ、奥の居間に向かう。
大田は、ちゃっかりとこたつに入ってテレビを見ていた。
「涼、三田君。お雑煮はいかが」
そう言えば、俺の家では雑煮は出なかったな。手を抜いたな、母さん。
雑煮と言えば味噌の地域とすましがある。
自分のところはすまし派なのだが、ここの家は味噌汁だった。
俺はと言えば、味噌の方が好きだ。故にこの展開は嬉しかったりする。
『栞、お前はいつもここで味噌雑煮だったんだよな』
あ、あれ。栞が居ない。どうしたんだ?
代わりに、おばあさんが嬉しそうに話し始める。
「おじいさんったら、川向いに知り合いの家があってね。そこで呑んでるの。今日は帰らないのよ。毎年なんだから。毎年ご迷惑をかけてるのよ。変よね、三田君」
変って言われてもなぁ。
「お節もあるから、よかったら食べていってね」
ふと後ろを振り返ると、そこに栞が居た。気のせいなのかな。
俺達の前にはお節が並べられた。大田はここぞと言わんばかりにほお張り、その向かいで俺は小さくなりながらも食べていた。
大田が言う。
「美味いだろ。これ、全部ばあちゃんの手作りなんだぜ。ねぇ、ばあちゃん」
「そうでもないのよ。あ、そうそう。ちょっと出かけるから二人で楽しんでいてね。すぐに戻るから」
そう告げて、おばあさんは出て行った。
「ミヒロさ、番組変えていいか」
「別に構わんが」
俺が気になっているのはテレビじゃない。
『栞、栞ってば』
『あ、ごめん』
『どうしたんだ』
『ちょっとボケっとしちゃった』
まぁな、半年ぶりの(我が家)だからな。無理もないか。
『遠慮しないでどんどん食べてね』
『自分で作ったように言うなぁ』
『あは』
「そう言えばさ、ミヒロ」
テレビから目を離さず、大田が問いかけてくる。
「いつか聞こうと思ってたんだけど」
「なんだ」
「あの時、何があったんだ?」
あの時。聞くまでもない。栞と出会った時の事だ。
思えば今まで大田がその事を聞いて来なかった事にこそ矛盾があるが。
「それは…」
「それは?」
『どう答えたらいい?』
『難しいね…』
「企業秘密。そういう事にしておいてくれ」
「まぁな、話してくれないとは思っていたけどな」
大田がトイレに行く。それを機に、栞に出来るだけ話さないと。
『どうだ、自分ちに帰って来た気分は』
『ずっとここにいたからね、5年間も。この家はね、私にとってはかけがえの無い思い出が詰まってるの』
『そうだろうな』
『でも今は時々来る程度で十分かな』
『どうしてだ』
『だって、ミヒロのそばにいる方が楽しいんだもん』
『そんなに楽しいか?』
『私がいないと、試験勉強とかしないでしょう』
『やるって』
『嘘つきー』
大田が戻ってきた。
「今夜は前みたいなの、勘弁してくれよ」
「大丈夫だよ」
「お前の大丈夫はあてにならん時があるしな」
「なんだよそれ」
「まぁいいや」
「よくねーって」
『ちょっと早く来ちゃったかな』
『そうでもないと思うな。涼が遅いんでしょう』
『そう言ってやるな。お前の弟だろ』
『あ、あれ。涼だよ』
太田が小走りで近寄ってくる。
「ミヒロー、待たせたか?」
「よっ大田。おはよ、俺なら大丈夫だ。まだ時間あるから、缶コーヒーでも飲まないか?」
「そうだな、時間つぶしだな」
俺達は、自動販売機の前で甘いコーヒーにありついていた。
大田が思い出したように言う。
「そういや、年明けて初めて会うな。改めておめでとさん」
「あぁ、今年もよろしくな」
「それはそうと。俺の勝手な推測だが、ミヒロって何だか変わったよな」
「そうか?」
「多分、去年じっちゃんの家に行ってからだ」
思わず、ぎくりとする事を言い出す奴だ。
「偶然だよ、多分な」
「ほら、救急車に乗ってた時にな。お前うなされていてな」
俺ははぐらかす言葉を探していた。
「そ、そうか。俺、覚えていないんだ」
『ミヒロって嘘つくのホントヘタね』
『うっせ』
「あの時のミヒロって、誰かと話ししてるような。そんな気がしたんだ」
「気のせいだろ。もしかしたら、悪夢でも見ていたのかもな。俺は全く覚えていないが」
「悪夢か。まぁそうかもな、かなり汗もかいてたし」
何とか言い逃れたようだ。
そして、俺達は電車バスと乗り継ぎ、大田の実家を目指していた。
あの夏の日に見た光景とは違い、うっすらと白く染まった屋根が見える。
バスを降り、大田の実家が近くなる。
『見えてきたな』
『うん、私の家』
『ああ、そうだ』
栞にすればそこは、(実家)ではなく(自分の家)なんだ。
思わず、変に勘ぐってしまうな。
「ミヒロ、そこだぞ。覚えてるか?」
「ああ、もちろんだ」
忘れるもんか。あの夏の日から俺の周辺が一変したんだ。
お望みなら、お前も巻き込んでやりたい気分だぜ。
大田が引き戸を開ける。
「じっちゃん、ばっちゃん。ただいま!」
いつかの風景だ。この後俺は仏壇に目をやるんだ。
そう。あの時と同じように。
同じじゃ無かったのは、その次に声をかけて来たのは、大田ではなくおばあさんだった。
「え、あ…。。。あ、三田君、でしたよね」
まるで、虚をつかれたかのように唖然としているように思えた。
「はい。去年の夏にはご迷惑をかけて、すみませんでした」
「いえいえ、いいのよ。立ち話もなんですから、さっ奥へどうぞ」
そう言われ、奥の居間に向かう。
大田は、ちゃっかりとこたつに入ってテレビを見ていた。
「涼、三田君。お雑煮はいかが」
そう言えば、俺の家では雑煮は出なかったな。手を抜いたな、母さん。
雑煮と言えば味噌の地域とすましがある。
自分のところはすまし派なのだが、ここの家は味噌汁だった。
俺はと言えば、味噌の方が好きだ。故にこの展開は嬉しかったりする。
『栞、お前はいつもここで味噌雑煮だったんだよな』
あ、あれ。栞が居ない。どうしたんだ?
代わりに、おばあさんが嬉しそうに話し始める。
「おじいさんったら、川向いに知り合いの家があってね。そこで呑んでるの。今日は帰らないのよ。毎年なんだから。毎年ご迷惑をかけてるのよ。変よね、三田君」
変って言われてもなぁ。
「お節もあるから、よかったら食べていってね」
ふと後ろを振り返ると、そこに栞が居た。気のせいなのかな。
俺達の前にはお節が並べられた。大田はここぞと言わんばかりにほお張り、その向かいで俺は小さくなりながらも食べていた。
大田が言う。
「美味いだろ。これ、全部ばあちゃんの手作りなんだぜ。ねぇ、ばあちゃん」
「そうでもないのよ。あ、そうそう。ちょっと出かけるから二人で楽しんでいてね。すぐに戻るから」
そう告げて、おばあさんは出て行った。
「ミヒロさ、番組変えていいか」
「別に構わんが」
俺が気になっているのはテレビじゃない。
『栞、栞ってば』
『あ、ごめん』
『どうしたんだ』
『ちょっとボケっとしちゃった』
まぁな、半年ぶりの(我が家)だからな。無理もないか。
『遠慮しないでどんどん食べてね』
『自分で作ったように言うなぁ』
『あは』
「そう言えばさ、ミヒロ」
テレビから目を離さず、大田が問いかけてくる。
「いつか聞こうと思ってたんだけど」
「なんだ」
「あの時、何があったんだ?」
あの時。聞くまでもない。栞と出会った時の事だ。
思えば今まで大田がその事を聞いて来なかった事にこそ矛盾があるが。
「それは…」
「それは?」
『どう答えたらいい?』
『難しいね…』
「企業秘密。そういう事にしておいてくれ」
「まぁな、話してくれないとは思っていたけどな」
大田がトイレに行く。それを機に、栞に出来るだけ話さないと。
『どうだ、自分ちに帰って来た気分は』
『ずっとここにいたからね、5年間も。この家はね、私にとってはかけがえの無い思い出が詰まってるの』
『そうだろうな』
『でも今は時々来る程度で十分かな』
『どうしてだ』
『だって、ミヒロのそばにいる方が楽しいんだもん』
『そんなに楽しいか?』
『私がいないと、試験勉強とかしないでしょう』
『やるって』
『嘘つきー』
大田が戻ってきた。
「今夜は前みたいなの、勘弁してくれよ」
「大丈夫だよ」
「お前の大丈夫はあてにならん時があるしな」
「なんだよそれ」
「まぁいいや」
「よくねーって」
