ビートルズ研究会と書かれた扉の向こうでは、その名の通りビートルズの演奏を続けていた。


ドカドカジャジャーン。

メグが言う。
「今のなんか良かったね。リクのボーカルも良かったし、ミヒロのコーラスもぴったりだよ!」

五十嵐が続ける。

「でもさー、なんかね。こうやってレパートリーは増えてきてるんだけど。三人じゃやっぱ限界があるよね」
「そうだな。やっぱ四人じゃないと感じ出ないよな。リクはどう思う」
「それはもちろん四人いた方がいいとは思うけど」

そう。俺達の当面の課題は、あと一人のメンバー集めだった。


*****


『栞さ』
『どうしたの』
『ちょっと寄り道するぞ』
『そうなの?(花と虹)の発売日は今日じゃないよ』
『分かってるよ。ビートルズの違う他のCDを買いに寄りたいんだ』
『うん、いいよいいよ』

その日の練習を終えた俺は、ショップに出かける事にした。


『あぁ、これだな』
『それそれ』
『違うのを聞くって、何だかドキドキするな』
『そうでしょう』
『ところで、栞ってさ。何でビートルズ聞くようになったの?』
『パパが好きだったから、覚えちゃった』
『それにしては大田が全然知らないってのも変じゃないか』
『それは』

栞が言葉を選ぶように、ゆっくり話しだした。

『パパはママからビートルズを教えてもらったんだって。それで』

息を整えるかのようにして続ける。

『ママの葬儀の時に、ママが好きだったビートルズのCDを何枚か棺に納めたのね。それ以来パパはビートルズを聞かなくなったの。理由は分からないけど。多分、パパだけの思い出にしたかったんじゃないかなって。私はそう思っている』
『そういう事か……』
『涼はまだ小さかったからね』

栞には辛い記憶なんだよな、これって。

『聞いちゃいけなかったかな』
『大丈夫。ミヒロになら話してもいいかなって』
『そういう話しを聞いてくれる友達は居ただろ』
『居たけどね。でも居なくなっちゃったの』
『そこがよく分かんないんだけどな』
『ミヒロ、今から海に連れて行ってくれる?』
『え、今からか。そりゃいいけど』

一度家に帰って、自転車で20分くらいのところに海はある。そこは遊泳禁止だ。もっともこの季節に海水浴をする奴は居ないが。

着いた。
夜の海だ。真っ黒な海に月のあかりが映る。

栞……

まるで「今は一人にして」と言わんがばかりの背中だ。
波の音が耳につく。
どれくらいそうしていただろう。栞が振り向きいつもの笑顔で『帰ろう』って言う。

『そうだな』

家に向かう二人に会話は無かった。
栞にとって、海は大切な場所なんだろうなって。俺は思った。