ある日の放課後。
俺は特に何をするで無く、ぼんやりと中庭を歩いていた。
そこには、芝生に腰をおろしギターを弾いている坊ちゃん刈りの男子生徒が居た。
その生徒は俺に気付き、声をかけてきた。
「あ、あれ。君って三田君かな?」
「あの、どこかで合っていたかな」
「いや、君とは初対面だよ。なんて言ったって、今や君は有名だからね」
そうだ。文化祭の時の事。
草野に詰め寄った話しや、合唱を成功させた張本人。それが俺だ。
「それで、何か用?」
いささか不躾だが、初対面だしこんなもんだろ。
『ちょっと口が悪いわよ』
『うっせ』
その男子生徒が続ける。
「あのね、ここで出会ったのも何かの縁だと思うんだ。三田君ってギター弾けるのかな?」
「少しなら出来なくもないが。しかし、何でそういう話しになるんだ」
「何か部活入ってるの」
「申し訳ないが、帰宅部だ」
「申し訳無くないよ。一緒に音楽やってみない?」
「はぁ?何を言ってるんだ。確かに俺は指揮とかやったが、音楽はそれほど詳しくないんだ」
「少し出来るなら充分だよ」
どうしたものか。
俺の傍で栞がキョトンとしている。
流石の栞でさえも、びっくり仰天と言ったところか。
『栞、どうすればいい』
『そうね、悪い人じゃないみたいだし、少し話しを聞いてみたら』
「お前、軽音部には入らないのか」
「軽音部は昨日……やめちったんだ」
「え、またなんで」
「自分の求めてる音楽と、みんなの意見が違うんだ」
「よく分からんが、要は音楽的対立ってやつか」
「実は僕がゴリ押しして、文化祭だけは自分の主張を通させてもらったんだ。でも終われば、誰も僕と組みたくないって感じで」
「そっか。じゃあ、仲間探しだな」
「そう。一人でしていてもつまらないし。そうだ、三田君のギターの腕前を見たいな。これ持ってみて」
そう言うと、持っていたエレキギターを差し出してきた。
「あ、いや、ダメなんだ」
「ダメって何で。ちょっと弾くだけだよ」
「実は俺、左利きなんだ」
「え!そうなの。三田君、今から僕の家に来て。ベースあるから」
なんだ、みるみる表情が変わり出した。
『左利き……ベース……何だ?』
『ミヒロ、何の曲してるのか聞いてみて』
『何故だ』
『心当たりがあるの』
栞の顔がそれまでのものとは違い、何だかワクワクしているように思えた。
「別に、家に行くのは構わないのだが。ちなみに何の曲をやっているんだ」
「ビートルズだよ。僕がジョンで君は左利きのポールだ」
「ポールって左利きなんだ。いや、ちょっと待て。ベースなんか弾いた事ないぞ」
「家に行こう、誰だって初めは初心者だよ」
『お前の言ってた心当たりって、これか』
『そう。左利きでピンときたの。私の勘も捨てたものじゃないでしょ。うふふ』
『何だか楽しそうじゃんかよ、お前』
「ところでさ。文化祭の時に、講堂で演奏してたのは、お前か?」
「もしかして、見てくれてたの」
「あぁ、偶然にな」
そう。あの時俺達は、草野の眼差しから逃れるようにあの場を離れ、講堂にたどり着いたのだった。
その男子生徒が堰を切ったかのように、話し始める。
「これって偶然じゃないよ。必然だよ。運命だよ。今日君がここに来たのも、そして、その君が左利きとか。まさに運命的出会いだよ」
「おいおい、そう言われてもなぁ」
『ミヒロ、悪い話しじゃないみたいよ。返事してみたら』
『お前まで、うーん』
「僕の名前は、沖田。沖田理久。リクって呼んでほしい」
「俺は……まぁ、自己紹介の必要は無いかな」
「ミヒロ君って呼んでいいかな」
「それはいいが」
「とにかく家に行こうよ」
礼儀正しいが強引というか。とにかく少々変わった奴だ。
それこそあっという間に家まで引っばられた。
そこは街から離れた一軒家だった。
「おじゃまします」
「こっちだよ」
言われるままに家に上がり、二階のリクの部屋に入る。
壁にはビートルズのポスター。そして、2本のギター。ベースもある。
「とりあえず、ベースの弦を反対にするね」
「それにしても、お前本当にビートルズ好きなんだな」
「うん。僕中学の時にネットで知って、これだ、僕の求めているのはって思ってね」
話しをしながらも、リクは慣れた手付きで弦を張り替えていく。
『ねえねえ、リク君の髪型って坊ちゃん刈りじゃなくて、マッシュルームカットじゃないかな』
『それってビートルズのヘヤースタイルの事?』
『そうそう』
『髪型まで真似ているんだ』
『凄いね』
そうこうしているうちに、リクは憎めない笑顔でベースを差し出す。
「はい。チューニングもしてあるよ。一度弾いてみて」
「そう言われてもなぁ」
「右手……あ、ミヒロ君は左手だ。人差し指と中指で、たたたたって弾くんだ」
恐る恐る人差し指で弦を弾く。
アンプからポンと音が鳴る。
「右手はここと、ここと、ここを押さえて。やってみて」
「こうか」
コツとかも教えてもらいながら、何とかリズムをキープする事は出来た。
「凄いよ、ミヒロ君。今日初めてベース持ったとは思えないよ。じゃあさ、今度は僕もギター弾くから一緒にやろう」
リクは、俺が習ったコードに合わせて、ギターを弾いていく。
そうこうしている間にそこそこの時間になっていた。
「今日はもう遅いから、帰るよ」
「あ、もうこんな時間かぁ。残念。また今度やろうよ」
「それは構わないが」
「約束だよ」
玄関で、じゃあなと言って出ようとした時、「ちょっと待って」と言い残しリクは部屋に戻る。
「これ貸すから、持って帰って」
そう言って差し出したのは、ソフトケースに入ったベースだった。
「いいのか」
「仲間が出来るのは嬉しいからね。出来ればあと二人居ればなー。なんて。今日はありがとう。またやろうね」
「あぁ。楽しかったし。またな」
ソフトケースを肩にかけ、家路を急ぐ。
『私の勘だけど、リク君は悪い人じゃないと思うの』
『ただ、自己主張は強いけどな』
『まぁ、それが原因で部活辞めたくらいだし。そうかもね』
『ところでさ、俺がベース持ってる姿ってどうだった?』
『すっごく似合ってたよ。ミヒロがベースでビートルズ。ポールだね』
『ミヒロ・マッカートニー。なんてな』
『あはは、悪くないんじゃない』
『にひひー』
※※※※※
ここで、知りうる限りのリクの情報をまとめておこう。
リクこと沖田理久。1年5組の生徒。
元軽音部のビートルズファン。
聞けば、ギターは中学2年から始めたそうだ。
風貌は、至って大人しい坊ちゃんタイプ。
しかし、ビートルズを語らせると目の色が変わるという。
正直、よく分からん奴だ。
※※※※※
帰宅して、ベースを出してみる。
ソフトケースの中に「エレキベース教則本」と言う薄い本が入っていた。
おそらくは、練習しておいてくれたら嬉しいな。と言う意味だろう。
『ミヒロさ』
『どうした?』
『この部屋ってパソコンはあるけど、どことなく殺風景よね』
『そうだな、本とかもあまり持っていないし』
『壁にポスターとか貼ってみるとか』
『早速リクに毒されてるな』
『にひひー』
『笑い方を真似るな』
『にひひーにひひー』
『あのなー』
※※※※※
さて、ビートルズかぁ。ネットに動画ないかな。
あったあった。
『げ、ポールってメインの曲もあるんだ』
『それだけじゃないよ。コーラスもあるからね』
『安請け合いしちゃったんじゃないか、これって』
『そうね、とりあえず曲を覚えて、ベースの練習だね』
ネットの動画を見ながら、文化祭の時のリクのバンドの演奏を思い出していた。
そう言えば英語は怪しかったけど、演奏は上手かったな。
ああいう演奏をしたいんだろうな、リクは。
俺は特に何をするで無く、ぼんやりと中庭を歩いていた。
そこには、芝生に腰をおろしギターを弾いている坊ちゃん刈りの男子生徒が居た。
その生徒は俺に気付き、声をかけてきた。
「あ、あれ。君って三田君かな?」
「あの、どこかで合っていたかな」
「いや、君とは初対面だよ。なんて言ったって、今や君は有名だからね」
そうだ。文化祭の時の事。
草野に詰め寄った話しや、合唱を成功させた張本人。それが俺だ。
「それで、何か用?」
いささか不躾だが、初対面だしこんなもんだろ。
『ちょっと口が悪いわよ』
『うっせ』
その男子生徒が続ける。
「あのね、ここで出会ったのも何かの縁だと思うんだ。三田君ってギター弾けるのかな?」
「少しなら出来なくもないが。しかし、何でそういう話しになるんだ」
「何か部活入ってるの」
「申し訳ないが、帰宅部だ」
「申し訳無くないよ。一緒に音楽やってみない?」
「はぁ?何を言ってるんだ。確かに俺は指揮とかやったが、音楽はそれほど詳しくないんだ」
「少し出来るなら充分だよ」
どうしたものか。
俺の傍で栞がキョトンとしている。
流石の栞でさえも、びっくり仰天と言ったところか。
『栞、どうすればいい』
『そうね、悪い人じゃないみたいだし、少し話しを聞いてみたら』
「お前、軽音部には入らないのか」
「軽音部は昨日……やめちったんだ」
「え、またなんで」
「自分の求めてる音楽と、みんなの意見が違うんだ」
「よく分からんが、要は音楽的対立ってやつか」
「実は僕がゴリ押しして、文化祭だけは自分の主張を通させてもらったんだ。でも終われば、誰も僕と組みたくないって感じで」
「そっか。じゃあ、仲間探しだな」
「そう。一人でしていてもつまらないし。そうだ、三田君のギターの腕前を見たいな。これ持ってみて」
そう言うと、持っていたエレキギターを差し出してきた。
「あ、いや、ダメなんだ」
「ダメって何で。ちょっと弾くだけだよ」
「実は俺、左利きなんだ」
「え!そうなの。三田君、今から僕の家に来て。ベースあるから」
なんだ、みるみる表情が変わり出した。
『左利き……ベース……何だ?』
『ミヒロ、何の曲してるのか聞いてみて』
『何故だ』
『心当たりがあるの』
栞の顔がそれまでのものとは違い、何だかワクワクしているように思えた。
「別に、家に行くのは構わないのだが。ちなみに何の曲をやっているんだ」
「ビートルズだよ。僕がジョンで君は左利きのポールだ」
「ポールって左利きなんだ。いや、ちょっと待て。ベースなんか弾いた事ないぞ」
「家に行こう、誰だって初めは初心者だよ」
『お前の言ってた心当たりって、これか』
『そう。左利きでピンときたの。私の勘も捨てたものじゃないでしょ。うふふ』
『何だか楽しそうじゃんかよ、お前』
「ところでさ。文化祭の時に、講堂で演奏してたのは、お前か?」
「もしかして、見てくれてたの」
「あぁ、偶然にな」
そう。あの時俺達は、草野の眼差しから逃れるようにあの場を離れ、講堂にたどり着いたのだった。
その男子生徒が堰を切ったかのように、話し始める。
「これって偶然じゃないよ。必然だよ。運命だよ。今日君がここに来たのも、そして、その君が左利きとか。まさに運命的出会いだよ」
「おいおい、そう言われてもなぁ」
『ミヒロ、悪い話しじゃないみたいよ。返事してみたら』
『お前まで、うーん』
「僕の名前は、沖田。沖田理久。リクって呼んでほしい」
「俺は……まぁ、自己紹介の必要は無いかな」
「ミヒロ君って呼んでいいかな」
「それはいいが」
「とにかく家に行こうよ」
礼儀正しいが強引というか。とにかく少々変わった奴だ。
それこそあっという間に家まで引っばられた。
そこは街から離れた一軒家だった。
「おじゃまします」
「こっちだよ」
言われるままに家に上がり、二階のリクの部屋に入る。
壁にはビートルズのポスター。そして、2本のギター。ベースもある。
「とりあえず、ベースの弦を反対にするね」
「それにしても、お前本当にビートルズ好きなんだな」
「うん。僕中学の時にネットで知って、これだ、僕の求めているのはって思ってね」
話しをしながらも、リクは慣れた手付きで弦を張り替えていく。
『ねえねえ、リク君の髪型って坊ちゃん刈りじゃなくて、マッシュルームカットじゃないかな』
『それってビートルズのヘヤースタイルの事?』
『そうそう』
『髪型まで真似ているんだ』
『凄いね』
そうこうしているうちに、リクは憎めない笑顔でベースを差し出す。
「はい。チューニングもしてあるよ。一度弾いてみて」
「そう言われてもなぁ」
「右手……あ、ミヒロ君は左手だ。人差し指と中指で、たたたたって弾くんだ」
恐る恐る人差し指で弦を弾く。
アンプからポンと音が鳴る。
「右手はここと、ここと、ここを押さえて。やってみて」
「こうか」
コツとかも教えてもらいながら、何とかリズムをキープする事は出来た。
「凄いよ、ミヒロ君。今日初めてベース持ったとは思えないよ。じゃあさ、今度は僕もギター弾くから一緒にやろう」
リクは、俺が習ったコードに合わせて、ギターを弾いていく。
そうこうしている間にそこそこの時間になっていた。
「今日はもう遅いから、帰るよ」
「あ、もうこんな時間かぁ。残念。また今度やろうよ」
「それは構わないが」
「約束だよ」
玄関で、じゃあなと言って出ようとした時、「ちょっと待って」と言い残しリクは部屋に戻る。
「これ貸すから、持って帰って」
そう言って差し出したのは、ソフトケースに入ったベースだった。
「いいのか」
「仲間が出来るのは嬉しいからね。出来ればあと二人居ればなー。なんて。今日はありがとう。またやろうね」
「あぁ。楽しかったし。またな」
ソフトケースを肩にかけ、家路を急ぐ。
『私の勘だけど、リク君は悪い人じゃないと思うの』
『ただ、自己主張は強いけどな』
『まぁ、それが原因で部活辞めたくらいだし。そうかもね』
『ところでさ、俺がベース持ってる姿ってどうだった?』
『すっごく似合ってたよ。ミヒロがベースでビートルズ。ポールだね』
『ミヒロ・マッカートニー。なんてな』
『あはは、悪くないんじゃない』
『にひひー』
※※※※※
ここで、知りうる限りのリクの情報をまとめておこう。
リクこと沖田理久。1年5組の生徒。
元軽音部のビートルズファン。
聞けば、ギターは中学2年から始めたそうだ。
風貌は、至って大人しい坊ちゃんタイプ。
しかし、ビートルズを語らせると目の色が変わるという。
正直、よく分からん奴だ。
※※※※※
帰宅して、ベースを出してみる。
ソフトケースの中に「エレキベース教則本」と言う薄い本が入っていた。
おそらくは、練習しておいてくれたら嬉しいな。と言う意味だろう。
『ミヒロさ』
『どうした?』
『この部屋ってパソコンはあるけど、どことなく殺風景よね』
『そうだな、本とかもあまり持っていないし』
『壁にポスターとか貼ってみるとか』
『早速リクに毒されてるな』
『にひひー』
『笑い方を真似るな』
『にひひーにひひー』
『あのなー』
※※※※※
さて、ビートルズかぁ。ネットに動画ないかな。
あったあった。
『げ、ポールってメインの曲もあるんだ』
『それだけじゃないよ。コーラスもあるからね』
『安請け合いしちゃったんじゃないか、これって』
『そうね、とりあえず曲を覚えて、ベースの練習だね』
ネットの動画を見ながら、文化祭の時のリクのバンドの演奏を思い出していた。
そう言えば英語は怪しかったけど、演奏は上手かったな。
ああいう演奏をしたいんだろうな、リクは。
