文化祭前日。ちょっとした騒ぎがあった。
俺達1年1組での練習が口コミで広がり、どうやら教室で発表するには狭すぎるというもの。
おいおい、俺らみんな有名人だな。
生徒会に掛け合ったが、講堂はもう出演するクラブとかでいっぱいらしい。
「ねえミヒロ、何かいい案ない?」
声を掛けてきたのはメグだった。
「そうだな、視聴覚教室は?」
視聴覚教室は自分達1年の棟の真向かいにあり、1番近い特別教室である。
「生徒会に頼んでみたのだけど、あそこは使用不可なんだって」
「視聴覚教室の他はどうなんだ」
「めぼしいところは、他のクラスやクラブがもう入っているし」
「講堂は?」
「講堂ももうスケジュール一杯で入れないみたいなの」
「あれもダメ、これもダメじゃ埒が明かないな」
「それでみんな困っているの。もっと早くに講堂を押さえておけば良かったのだけど」
委員長が寄ってくる。
「恵から聞いてると思うけど、私達ではどうにも策が尽きてるの。八方塞がり。三田君、私からもお願いします」
お願いって言われてもなぁ。
それにしても、何だかモヤモヤしてきた。
『栞、何かいい案無いか』
『うーん。ミヒロさ、その視聴覚教室を貸さない理由が知りたいわね』
「メグ、視聴覚教室の件で先生に話しをした?」
「多分していないと思う。生徒会からダメだと言われただけ」
何だかこの胸のモヤモヤが取れない。
何だ、この感情は。
何かをしたい。
動かないと吐き出せない。
そう、それは無意識に近い行動だった。
『栞、行くか!』
『もちろん!』
「メグ、行くぞ。ついて来い!」
メグの腕をつかみ、(3人)で教室を出た。
「ミヒロ、ちょっと。どこへ行くつもり」
「決まってんじゃんか。職員室だよ」
「え、直接?!いくらなんでも無理だよ」
何でこんなに動き始めたのかは、俺にも分からない。
でも確実に自分が変わって行ってるのは分かる。
栞に出会ってからだ。
いいさ、こうなりゃやってやるぜ。
みんな、待ってろよ。朗報を届けるからな。
どんどん歩くペースが早くなる。
ワクワクするぜ。
職員室の前に到着した。
もう後戻りは出来ない。
栞、行くぞ!
ガラガラと職員室の扉を開ける。
「すみません、ちょっとよろしいですか」
職員室には数人の先生しか見渡せなかった。
声を掛けてきたのは、1年の英語の先生だった。
「君は1年の、えーと、三田君かな」
メグは俺の後ろで小さくなっている。
「はい。視聴覚教室の事で尋ねたい事があるのですが」
「えーと、視聴覚教室の担当は草野先生だね。草野先生」
その呼びかけに応じたのは、スーツ姿で細い眼鏡をかけ、目つきのするどい、細身の長身と言う感じの先生だった。
その草野先生とやらが、ゆっくりと近づいてくる。
メグが小声でつぶやく。
「ミヒロ、やっぱ帰ろ。いかにも怖そうじゃん」
合わせて小声で答える。
「話してみないと、先に進まないだろ」
朗々とした声で話しかけてくる。
「君達は」
英語の先生が答えてくれる。
「この子達は1年の生徒で」
「それで私に、何の用だね」
まるで、そういう教師を演じているかのような口ぶりだ。
「明日の文化祭で、視聴覚教室を使わせてほしいのですが」
「あそこはダメだ」
「どうしてなんですか?」
「ダメなものはダメだ」
「理由を聞かせてくれませんか」
「何度言えば気が済むんだ。ダメだと言ってるだろう」
何だ、この先生。まるで話しにならない感じがする。
草野先生は、中指でクイッと眼鏡を押さえて。
「フッ。君達、生徒会も通さず直々に来るとはな」
先生と言うより、これでは悪党だ。
「私は昨今の風紀の乱れに苦言を呈している。一般生徒はおろか、生徒会もお粗末な有様だ。そもそも文化祭など要らないとさえ思っている。程度の低いお祭りバカ騒ぎ。そうだろう」
後ろで繋いでいるメグの手に力が入る。
何だ、この先生は。生徒をコケにするにも程があるぜ。
これじゃ、生徒会もNGを出すのも無理はない。
しかし、だ。無性に腹が立ってきた。
『栞、どうする』
『任せるよ。ミヒロのしたいようにして』
責任とれよ、なんてな。
栞、そしてメグと目配せをして、草野に向き直す。
「先生、今から1年1組の合唱を見てくれませんか。それでダメなら俺達も諦めます」
「見るに及ばんな」
考えるより、口が先に出た。
「先生、あなたそれでも教師ですか!ダメだ?見るに及ばん?そういう考えが風紀の乱れの元になっているんじゃないですか!」
「ほう、なかなか殊勝な心がけだな。いいだろう。そこまで言うなら、聞いてやろうじゃないか。ただし、あまり大きな期待はしない事だな」
よし!繋がったぞ。
メグは半泣きで「やった」と連呼していた。
栞はと言えば。 草野を後からグーで殴っていた。
もちろん、すり抜けてはいたが。
※※※※※
一足早く教室に戻ってきた(3人)は、事の経緯を話した。
皆一同に複雑な表情だった。
「それって、私達の合唱が試されるのよね」
「草野って、3年の担任だよな。目を付けられるのは嫌だよ」
「俺、草野知ってる。インテリぶってる嫌な感じの奴だろ」
『ひょっとして、俺地雷踏んじゃったかな』
『大丈夫。自信持って』
『栞が言うと心強いよ』
ざわめきを破ったのは、メグだった。
「みんな聞いて!私達何事においても、人任せだったじゃない。誰かが案を出していれば、合唱じゃなく違うのになっていたかもでしょう。あぁなって誰も動かなかったのに、誰がミヒロを責められると言うの。今度はみんなで草野にいいところ見せようよ」
あれだけざわめいていた教室が静まりかえる。
委員長が声をかける。
「私はあんまりこういう駆け引きは好きじゃないんだ。でも今はやるしかないと思っている。みんなはどうかな」
教室の後ろでもたれ掛かっていた大田も、こっちに歩いてくる。
俺の肩をポンと叩き、そしてみんなに言う。
「草野って、俺だってホント言えば知らねえんだ。いけすかねえ奴かもな。だけどな、だからこそ言いたいんだ。俺達は俺達なんだって。みんな、一発ガツンとやっちまおうぜ!」
「ウォー!」
クラスが一つになった。
あれだけバラバラだったこのクラスが、一つの目標に向けて動き始めた。
「大田、メグ、ありがとな」
「何言ってんだよ、礼なら視聴覚教室て、結果を出してからだぞ」
※※※※※
程なくして、草野が教室に入って来た。
(さて、私に何を見せてくれるのかな?)と言わんがばかりに周りを見渡す。
そして、教室の後ろに位置する。
誰ともなくいつも通りに並ぶ。
俺は草野の前に立ち、「よろしくお願いします」と告げる。
草野は中指で眼鏡を直し、フッっと人を小バカにするように笑う。
ずっと草野を見ていたから、おそらく俺は怖い表情だっただろう。
身体を向き直し指揮の定位置につく。
『栞、頼むぞ』
何を頼んだのか分からないが、とにかく俺には栞と言う頼もしい味方が居るんだ。
『ずっとそばについているから』
『ホント心強いぜ』
行くぞ!
頭の中でカウントをとる。
俺の指揮棒がゆっくり動く。
声が部屋中を駆ける。
これだ。いいぞ。今まで練習したんだ。
心が震える。
凄い、胸が脈打つ。
そして……曲が終わる。
静まり返った教室。
俺はしばらく、草野の顔を見れなかった。
パチパチパチパチパチパチ
1人の拍手が聞こえる。
俺はゆっくり草野に近づき、そして話しかけた。
「これが俺達の合唱です。これが俺達の実力です。どうですか」
「フッ、これはいいものを見せてもらったよ。それにしても、これが実力?君達は磨けばもっと伸びる。本当の実力はこれから発揮されるんじゃないかな」
眼鏡を直し。
「君達には、これから勉学にもスポーツにも、伸ばせる個性をどんどん伸ばしていってほしい。いいだろう。視聴覚教室を使う許可を出そう。ただし、終ったらちゃんと掃除をしておく事。いいか」
「ありがとうございます!」
俺の例が合図かのように、一斉にみんなが飛び上がった。
※※※※※
『栞、今日の俺どうだった』
『すっごく、かっこ良かったよ』
『お前が居てくれたからな』
『ミヒロの力だって』
『ホントかー、俺の力なんてしれてるぜ』
『ミヒロは自分の力、もっと信じなきゃ』
この時の栞の笑顔は、いつもにも増して輝いて見えた。
俺達1年1組での練習が口コミで広がり、どうやら教室で発表するには狭すぎるというもの。
おいおい、俺らみんな有名人だな。
生徒会に掛け合ったが、講堂はもう出演するクラブとかでいっぱいらしい。
「ねえミヒロ、何かいい案ない?」
声を掛けてきたのはメグだった。
「そうだな、視聴覚教室は?」
視聴覚教室は自分達1年の棟の真向かいにあり、1番近い特別教室である。
「生徒会に頼んでみたのだけど、あそこは使用不可なんだって」
「視聴覚教室の他はどうなんだ」
「めぼしいところは、他のクラスやクラブがもう入っているし」
「講堂は?」
「講堂ももうスケジュール一杯で入れないみたいなの」
「あれもダメ、これもダメじゃ埒が明かないな」
「それでみんな困っているの。もっと早くに講堂を押さえておけば良かったのだけど」
委員長が寄ってくる。
「恵から聞いてると思うけど、私達ではどうにも策が尽きてるの。八方塞がり。三田君、私からもお願いします」
お願いって言われてもなぁ。
それにしても、何だかモヤモヤしてきた。
『栞、何かいい案無いか』
『うーん。ミヒロさ、その視聴覚教室を貸さない理由が知りたいわね』
「メグ、視聴覚教室の件で先生に話しをした?」
「多分していないと思う。生徒会からダメだと言われただけ」
何だかこの胸のモヤモヤが取れない。
何だ、この感情は。
何かをしたい。
動かないと吐き出せない。
そう、それは無意識に近い行動だった。
『栞、行くか!』
『もちろん!』
「メグ、行くぞ。ついて来い!」
メグの腕をつかみ、(3人)で教室を出た。
「ミヒロ、ちょっと。どこへ行くつもり」
「決まってんじゃんか。職員室だよ」
「え、直接?!いくらなんでも無理だよ」
何でこんなに動き始めたのかは、俺にも分からない。
でも確実に自分が変わって行ってるのは分かる。
栞に出会ってからだ。
いいさ、こうなりゃやってやるぜ。
みんな、待ってろよ。朗報を届けるからな。
どんどん歩くペースが早くなる。
ワクワクするぜ。
職員室の前に到着した。
もう後戻りは出来ない。
栞、行くぞ!
ガラガラと職員室の扉を開ける。
「すみません、ちょっとよろしいですか」
職員室には数人の先生しか見渡せなかった。
声を掛けてきたのは、1年の英語の先生だった。
「君は1年の、えーと、三田君かな」
メグは俺の後ろで小さくなっている。
「はい。視聴覚教室の事で尋ねたい事があるのですが」
「えーと、視聴覚教室の担当は草野先生だね。草野先生」
その呼びかけに応じたのは、スーツ姿で細い眼鏡をかけ、目つきのするどい、細身の長身と言う感じの先生だった。
その草野先生とやらが、ゆっくりと近づいてくる。
メグが小声でつぶやく。
「ミヒロ、やっぱ帰ろ。いかにも怖そうじゃん」
合わせて小声で答える。
「話してみないと、先に進まないだろ」
朗々とした声で話しかけてくる。
「君達は」
英語の先生が答えてくれる。
「この子達は1年の生徒で」
「それで私に、何の用だね」
まるで、そういう教師を演じているかのような口ぶりだ。
「明日の文化祭で、視聴覚教室を使わせてほしいのですが」
「あそこはダメだ」
「どうしてなんですか?」
「ダメなものはダメだ」
「理由を聞かせてくれませんか」
「何度言えば気が済むんだ。ダメだと言ってるだろう」
何だ、この先生。まるで話しにならない感じがする。
草野先生は、中指でクイッと眼鏡を押さえて。
「フッ。君達、生徒会も通さず直々に来るとはな」
先生と言うより、これでは悪党だ。
「私は昨今の風紀の乱れに苦言を呈している。一般生徒はおろか、生徒会もお粗末な有様だ。そもそも文化祭など要らないとさえ思っている。程度の低いお祭りバカ騒ぎ。そうだろう」
後ろで繋いでいるメグの手に力が入る。
何だ、この先生は。生徒をコケにするにも程があるぜ。
これじゃ、生徒会もNGを出すのも無理はない。
しかし、だ。無性に腹が立ってきた。
『栞、どうする』
『任せるよ。ミヒロのしたいようにして』
責任とれよ、なんてな。
栞、そしてメグと目配せをして、草野に向き直す。
「先生、今から1年1組の合唱を見てくれませんか。それでダメなら俺達も諦めます」
「見るに及ばんな」
考えるより、口が先に出た。
「先生、あなたそれでも教師ですか!ダメだ?見るに及ばん?そういう考えが風紀の乱れの元になっているんじゃないですか!」
「ほう、なかなか殊勝な心がけだな。いいだろう。そこまで言うなら、聞いてやろうじゃないか。ただし、あまり大きな期待はしない事だな」
よし!繋がったぞ。
メグは半泣きで「やった」と連呼していた。
栞はと言えば。 草野を後からグーで殴っていた。
もちろん、すり抜けてはいたが。
※※※※※
一足早く教室に戻ってきた(3人)は、事の経緯を話した。
皆一同に複雑な表情だった。
「それって、私達の合唱が試されるのよね」
「草野って、3年の担任だよな。目を付けられるのは嫌だよ」
「俺、草野知ってる。インテリぶってる嫌な感じの奴だろ」
『ひょっとして、俺地雷踏んじゃったかな』
『大丈夫。自信持って』
『栞が言うと心強いよ』
ざわめきを破ったのは、メグだった。
「みんな聞いて!私達何事においても、人任せだったじゃない。誰かが案を出していれば、合唱じゃなく違うのになっていたかもでしょう。あぁなって誰も動かなかったのに、誰がミヒロを責められると言うの。今度はみんなで草野にいいところ見せようよ」
あれだけざわめいていた教室が静まりかえる。
委員長が声をかける。
「私はあんまりこういう駆け引きは好きじゃないんだ。でも今はやるしかないと思っている。みんなはどうかな」
教室の後ろでもたれ掛かっていた大田も、こっちに歩いてくる。
俺の肩をポンと叩き、そしてみんなに言う。
「草野って、俺だってホント言えば知らねえんだ。いけすかねえ奴かもな。だけどな、だからこそ言いたいんだ。俺達は俺達なんだって。みんな、一発ガツンとやっちまおうぜ!」
「ウォー!」
クラスが一つになった。
あれだけバラバラだったこのクラスが、一つの目標に向けて動き始めた。
「大田、メグ、ありがとな」
「何言ってんだよ、礼なら視聴覚教室て、結果を出してからだぞ」
※※※※※
程なくして、草野が教室に入って来た。
(さて、私に何を見せてくれるのかな?)と言わんがばかりに周りを見渡す。
そして、教室の後ろに位置する。
誰ともなくいつも通りに並ぶ。
俺は草野の前に立ち、「よろしくお願いします」と告げる。
草野は中指で眼鏡を直し、フッっと人を小バカにするように笑う。
ずっと草野を見ていたから、おそらく俺は怖い表情だっただろう。
身体を向き直し指揮の定位置につく。
『栞、頼むぞ』
何を頼んだのか分からないが、とにかく俺には栞と言う頼もしい味方が居るんだ。
『ずっとそばについているから』
『ホント心強いぜ』
行くぞ!
頭の中でカウントをとる。
俺の指揮棒がゆっくり動く。
声が部屋中を駆ける。
これだ。いいぞ。今まで練習したんだ。
心が震える。
凄い、胸が脈打つ。
そして……曲が終わる。
静まり返った教室。
俺はしばらく、草野の顔を見れなかった。
パチパチパチパチパチパチ
1人の拍手が聞こえる。
俺はゆっくり草野に近づき、そして話しかけた。
「これが俺達の合唱です。これが俺達の実力です。どうですか」
「フッ、これはいいものを見せてもらったよ。それにしても、これが実力?君達は磨けばもっと伸びる。本当の実力はこれから発揮されるんじゃないかな」
眼鏡を直し。
「君達には、これから勉学にもスポーツにも、伸ばせる個性をどんどん伸ばしていってほしい。いいだろう。視聴覚教室を使う許可を出そう。ただし、終ったらちゃんと掃除をしておく事。いいか」
「ありがとうございます!」
俺の例が合図かのように、一斉にみんなが飛び上がった。
※※※※※
『栞、今日の俺どうだった』
『すっごく、かっこ良かったよ』
『お前が居てくれたからな』
『ミヒロの力だって』
『ホントかー、俺の力なんてしれてるぜ』
『ミヒロは自分の力、もっと信じなきゃ』
この時の栞の笑顔は、いつもにも増して輝いて見えた。
