「……斉藤さん」
「……はい」
「私これから、いちいち色んなことにドキドキしていかなきゃいけないんですけど、大丈夫ですか?面倒じゃないですか?」
またゆっくりと首を右に向けると、外していた視線が合ってしまった。
「可愛くて良いと思います」
「き、恐縮です」
二人顔を赤くして黙り込んだ。
何やってるんだろうベランダで。
「そうだ。前原さんのお父さんは、行きつけの赤提灯とか無いんですか?」
斉藤さんが振り切るように明るく尋ねてきた。
赤提灯?
「さあ……あったと思うけど、どことは……。お店の名前は母に聞けば分かると思います」
「その行きつけのお店付近を徘徊してたら、前原さんのお父さんと遭遇できるわけですね」
「まあ……え?」
「僕の方からまず仲良くなろうと思います」
あの無気力な斉藤さんの顔にわずかに熱意がこもったかのように見える。
任せてください、と意気込む斉藤さんに曖昧な返事しか出来なかった。
「お酒の力を借りて距離を縮めましょう。まずは男の友情を育みます」
「男の、友情……」
男の友情なんて言葉は暑苦しく燃えたぎるような人にこそ似合うものだと思う。
斉藤さんが言うと違和感たっぷりだ。
何はともあれ、斉藤さんに任せよう。
きっと斉藤さんならお父さんもまずは心を許してくれるはず。

