最悪だ最悪だ最悪だ。


財布と鍵だけを持ってコンビニに出掛けて、何も買わず帰ってきて、血の気が引いた。鍵がない。

右のポケットを探ってみても左のポケットを探ってみても、ない。

落としたんだ。


ドアノブを握ったまま額を扉にコツンと当てた。

お父さんもお母さんも帰りはまだまだだろうし、小学校に行けば隆二が校庭でサッカーしてるだろうけど……持ってないんだろうなあ、鍵。


一気に切なくなってきた。


「どうしました?」


その声にふっと顔を上げれば、斉藤さんが立っていた。


斉藤さん。
三ヶ月前、お隣の405号室に越してきた。

なんでもモデルをしているらしく、このマンションの主婦からは絶大な人気を誇っている。


「……閉め出されました」
「は?」


答えながら、斉藤さんの持つレジ袋にちらりと視線をやった。近所のスーパーのだ。

買い物帰りか。ぱんぱんだ。

そんなことよりも、ああ、当たり前だけど今日も背が高い。


「鍵だけ閉めて出かけたんですけど、鍵落としたみたいで」


斉藤さんが、お馬鹿さんですね、という目で私を見下ろしている。

ちょっとお菓子を買おうと思っただけなのに……いや結局何も買ってないけども……。


「あの、携帯とか」
「中です。本当小銭と鍵だけ持って出たんで」
「ご両親の勤め先には」
「携帯ないから連絡もできないし行こうと思っても父の会社も母の会社も電車で一時間位掛かります」

斉藤さんが片手で頭を抑えた。

隣人にここまで詳細に事情を聞いておいて、そうですか、では。で放置は質悪いし、ご近所トラブルはなるべく避けたいし……でもああ面倒くせえ。

なんて葛藤が今斉藤さんの中で行われているだろうか。


「……中どうぞ」


そのポーズのまま暫く考え込んだあとで、斉藤さんが自分の家の扉を開けて言ってくれた。


「すみません本当にすみません」