部屋の扉を閉めて階段の方へ視線を向けた瞬間、日野ちゃんのお母さんと目が合う。
無言で俺のことを見つめている。
さっきまでのような笑顔は一切なくて、本当に、無表情。
「……あ、の」
「帰っちゃうのね」
俺が何が言いかけると、パッとさっきまでのような笑顔を俺に向けてきて、なんだか俺は力が抜けた。
「ごめんなさいね雪那ったら、お見送りもなくて」
「あ、いえ……」
「かわりに見送るわ。玄関まで」
「あの、この部屋」
「本当助かるわ。これで雪那も数学克服できたらいいけど」
「……あの!」
俺があの部屋を覗いていたのを絶対に見ていたはずなのに、決してそれに触れようとしてこない。
というかきっと、触れてほしくないんだ。
俺の言葉をことごとく遮る日野ちゃんのお母さんの言葉を、少し大きめの声で止めた。
やばい日野ちゃんに聞こえたか?と思ったけど、日野ちゃんは部屋から出てくる様子もない。大丈夫だったのか。
「……雪那のお兄ちゃんって、何歳ですか?」
なんだかもう、わけが分からなかった。
いや。分かっていたのかもしれないけど、頭の中が混乱していた。
そんな俺に、黙り込んでいたお母さんが再び視線を合わせてきた。
「一階で、お話しします」
突然の敬語も気にならない程、さっきの笑顔とはかけ離れた表情で、階段を下りた。

