「……うわっ!」
隼を見上げた紗希は思わず声を上げた。
隼の背中から、まるで烏の様な翼が生えていたのだ。
時々羽ばたきながら、霧を分けて進む姿は、まさに。
(そうだ、隼は天狗だったんだっけ)
今更それを実感した。
そして紗希は、焦る事もなく、その事実を受け入れていた。
隼が天狗だという事は知っていたが、天狗らしい姿を見たのは今日が初めてだった。
そもそも紗希は、天狗の存在を心から信じていた訳ではなかった。
両親が、幼い子供に向かって、誠しやかに語るフィクション。
その程度の認識だった。
サンタクロースがいないかもしれないと気が付き始めた、小学生の抱くような感情を、天狗という存在に対して抱いていた事は否めない。
だから紗希は、ほんの少しだけ気分が高揚していた。
(天狗って、本当にいるんだ)
紗希は、呑気にそんな事を考えていたのだった。
