数日後、騒ぎが大きくなっている頃。
アジトではよからぬ事が始まろうとしていた。
「ゲーテ、昼食を持って来ました。
開けてくれますか?」
ゲーテは部屋の前を少し移動して道を作る。
「ありがとうございます。」
機械的な声が頭に嫌にこだまする。ゲーテはコウの異様な雰囲気が苦手だった。
ーバタン
薄気味悪い牢に訪問者。
『コウ、ありがとう。』
ベッドに座っていたクロエは隣のテーブルに手を伸ばした。朝に運ばれた朝食の食器は珍しく下げられずに置いてある。
『これを下げて欲しいんだけど…』
ーパリンッ
振り返ると、コウの手とぶつかり食器は大きな音とともに割れてしまう。
『ご、ごめ…』
拾おうと思って手を伸ばしたクロエ、
その手はコウに掴まれ阻止された。
『コウ…?』
いつもと違う彼の雰囲気に不安になる。コウは鋭く光る破片を手にした。
次の瞬間には、クロエはベッドの上へ押し倒されてしまう。
意外にも強いコウの力に、やはり男なのだと痛感した。
『どう…したの?』
すると、するりと服の中に入ってくる手。クロエは突然の事に硬直した。
『や、やめて!!』
コウはそんなことをお構い無しに、鋭い切っ先をクロエの首元に滑らせた。
『いっっ』
感じたことのない身を切られる恐怖。
そんなクロエの表情を満足そうに見つめると、やっと口を開いた。
「ボクは人の恐怖に歪む顔がなによりも好きです。特に貴女みたいな綺麗な女性は…。」
『狂ってる…よ』
クスクスと笑う声が冷たく牢に響いた。
「そうですね」
笑ったかと思うと、
冷たい表情に変わる。
「ボクの母も狂っていましたよ。毎日毎日、今クレアにしたようなことを僕にしてきた…。綺麗な人でしたが…もう殺してしまいました。
大好きでした。だからこそ憎かったです。最後に彼女はボクにこう言ったんです。
“愛してる”……残酷でした。
それからボクは家族を皆殺しにして、母に似た女性を殺しました。
後からわかったことがあります。
狂っていたのは…ボクだった。」
再び狂気のような笑みを浮かべ、クロエの綺麗な腹に破片をはわし、口付けをする。
「貴女は、お母様に似ている。」
『や、めて。
なんで殺したの。
もう少し待っていれば何か変わって…
アァアアア!!』
コウはクロエの腕にまた傷を付ける。
「待っても、待っても待っても待っても待っても。なにも、変わらなかった。
ボクはいつの間にか壊れていたんです。」
荒い息を繰り返すクロエ。
傷も多いことから、天羽の治療能力はあまり効果を発揮しない。
『じゃあ、なんでお母さんに似た人を殺したの?本当は、期待していたんでしょ?この人なら、この人なら…って狂った自分を救ってくれるんじゃないかって。』
とめどなく動くコウの手が止まった。
『愛してるって、もっと早く伝えてくれる人を探していた。
コウなりの、愛情表現…だったんでしょ?』
コウはその場に座り込んだ。さっきまでは勢いはどうしたのだろうか。
『愛してる』
クロエはコウの頬に手を添えた。彼の母の代わりに、犠牲になった女性達の代わりに愛を告げる。
コウの瞳は大きく揺れた。
「なんで…」
『コウは私達の…大切な仲間だから。』
そう言ったクロエは、そのまま倒れた。
コウはそんなクロエを抱きとめる。
「ありがとう…クレア」
そう言って横抱きにし、ふたりは外へ出た。

