それから、数日後。

母さんは、カノンの戸籍を作った。

カノンは丸井カノンとして生きていく事になった。

母さんは、俺のマンションの管理人にカノンが親戚の子だと言い、毎日マンションの玄関や花壇の管理をするバイトをし始めた。

バイト代は、子供の小遣い位の数千円。
その変わりに何時に出て何時に帰ってもいいって事になっている。

カノンは毎日、午前中に1時間。午後に1時間程度マンションの出入り口付近の掃き掃除や花壇の水やりをしに行く。

俺が帰り着く時間はいつも夜7時頃。

俺が帰ると、カノンが母さんから教わったレシピを作っている。

「おかえり」笑顔で料理しながら俺を迎える。

「ただいま」1日の疲れが少し取れるような気持ちになる。

カノンの側に行き手元を見る
「何つくってんの?」鍋を覗く。

「シチュー」鍋をかき混ぜながら楽しそう言った。

「昨日、カレーだったのに?」
呆れた顔で俺が言いながら椅子に座った。

「だって、お母さんが言ってたよ。カレーやシチューは栄養あるし、つーさんも好きだから毎日でも大丈夫だって」

あの母親、ろくな人じゃねぇな…。

俺とカノンは向かい合って椅子座る。

カノンが皿に盛ったシチューを机にあり、俺は黙って食べていると、カノンがじっ〜と俺を見ている。

「何?」カノンを見た。

「どう?」

「どう…って何が?」

「味だよ。味。美味しい?」

「あーうん。美味いよ。普通に」

「なんか、とってつけたような返信」
口を尖らせ拗ねている。

「そんな事ないって。食べてみ?」
てか、なんでこんなにカノンの機嫌取りしてんだ?俺。

カノンもシチューを一口食べ「ん…不味くない」何やら悩みながら口を動かす。

「だろ?」俺は、少しホッとする。

「つーさん。次何食べたい?」

「俺が食べたい物言って作れんの?」

「お母さんに教えてもらう」

「お母さんって…」俺はちょっと呆れた。

「じゃあ。ハンバーグ」
そう俺が言うと、カノンはメモし始めた。

「あとは?」

「ん…そうだな…」

俺は、考えながらカノンが簡単に作れそうな物を言って、それをカノンはメモしていく。

笑い合っていると、カノンの笑顔がソラと被る

ソラがもし生きていたら、こんな新婚生活をしていたのだろうか…

それから、毎日カノンは母さんからレシピを教わり夕食を作る。

料理の腕も上がってきていた。

「おかえり」「ただいま」も「おはよう」も
「行ってらっしゃい」「行ってきます」も毎日交わす挨拶が当たり前のようになっていく。

そんな日常が続く中。

ある日の午後、カノンはいつも通りマンションの玄関付近を掃き掃除して、花壇に水をあげ終わる頃、1人の男性がカノンに近づく。

カノンは、顔を上げその人を見あげる。

男性はカノンに言った。
「やっと。見つけた」

口角を上げニヤッとした。

カノンは、青ざめた表情をした。

カノンにとって聞き覚えのある声で、持っていたジョーロをポトンっと落とした。

男性はジョーロを拾いカノンに渡す。
「君は、僕から離れる事はできないよ」

そう言って、男性は立ち去った。

カノンは、慌てて家に戻りベッドの前で過呼吸気味になり、布団を握り怯え続けていた。

俺がいつも通り帰ると、部屋は真っ暗で電気を点けると、カノンがベッドの脇で怯えていた。

俺はカノンのところに駆け寄った。

「どうした?」

カノンは俺に飛びつき泣いていた。

俺は、何があったのかわからなくて…ただカノンの背中や頭を優しく撫でる事しかできなかった。

ゆっくりカノンが俺から離れ、顔を上げる。

「カノン…何があっ…」
俺の言葉を遮るように、カノンは俺にキスをした。

頭が真っ白になった。

震えた唇だった。

俺の中で何かが切れた。

これが何なのかわからなかった。

「つーさん…私…」
カノンは何かに怯えている。

俺は、カノンを抱きしめた。

どうしてだかわからないけど、カノンが消えてしまうんではないかって不安になった。

強く、抱きしめた。どこにも行かないでほしくなった。

「痛い…」カノンが俺の胸の中でボヤいた。

俺は力を緩め、カノンにキスをした。何度も何度も。気付けば、俺はカノンをベッドに寝かせ、頬や首…ゆっくりカノンの体にキスをしていく。

朝。俺はカノンに腕枕をし裸のまま寝ていた。

俺の目が覚めた時、カノンの姿がなかった。

カノンはバイトをしに行ったのかと思い待つ事にしたが、インターホンがなった。

出ると管理人さんだった。

カノンがバイトに来ないと言う。

カノンは、バイトに行ってないなら、何処に行ったんだ?と慌てて家を出た。

海にもコンビニにもスーパーにも居なかった。

携帯に電話しても繋がらない。

俺は、カノンが帰ってくると信じて家で待つ事にした。