数日後。

俺は新企画の発表会議に近づくにつれ、バタバタしていた。

カノンは、あれから少しずつ外に散歩するようになった。近くを歩いてすぐ戻ってくるらしい

まだ、記憶は戻ってない。いつも、俺の家で何をしているのかはわからないけど、リビングの窓から海を眺めている。

俺が帰宅するまで、ずっと海を眺めている。

まるで、心の中で海と会話しているかの様に。

でも、俺は気にせず仕事に打ち込み、自然にカノンの記憶が戻るのを待つ事にした。

ある日、俺は出来上がった資料をまとめ持ち帰った。

自宅に戻る前、暗くなりだした空の下で砂浜に座ってカノンが海を眺めていた。

俺は、資料の入ったカバンを抱えたままカノンの隣にそっと座る。

風と波の音が俺達を包んだ。

風と波の音が少し静まる時、俺はゆっくり口を開いた。

「海ってさ〜見てるだけで落ち着くよな…
海って、広くてきれだけど、時に荒れて俺達に危険な事を教える。人は水の中から生まれる。だから、海って字の中に''母”って字があるんだ」

俺は自分の言葉のようにカノンに言ったが、これは、ソラの言葉だ。

カノンは、いつも寂しそうな目をしている。

「帰ろっか。」と俺は立ち上がり、カノンに手を差し伸べた。

カノンはゆっくり俺の手を掴み、立ち上がる。

俺は次の日の会議にそなえ資料を見直したり手直ししたりして、朝を迎えた。

俺は、いつも通りリビングのカーテンを開け、朝日を眩しく感じながら体を延ばした。

「よし!」と気合いを入れ会社に行った。

会社に着いて順平が出勤してきた。

「おっはよ〜翼〜!資料できたか〜?」

そう聞かれて自慢気に資料を出そうとするが、資料がない…カバンを逆さにして探す。

順平が気にして声をかけてきた。

「まさか…忘れた?」

「そんなはず…」と思いながら考えてみた。

思い出した!俺パソコンの横に封筒に入れて置きっぱにしてきてしまった。

会議まであと2時間…取りに帰ってる時間がない。まずい…俺は気付けばカノンに電話していた。カノンに資料を持って会社に来るよう伝え、飯代にとテーブルに置いといた金で会社に持ってくるよう言って切った。

カノンは、俺が頼んだ資料を持ちテーブルに飯代として置いてあった金を持って家を出る。

カノンはドキドキしながら周りをキョロキョロし歩き続けた。

俺が凄く困ってる事を電話越しに感じたカノンは不安を抱えながらも資料をしっきり握りしめながら俺の会社へと向かった。

やっとの思いで会社に着き、俺の部署に来る。

周りはバタバタし、カノンの声は誰にも届かない。

「あっ!カノンちゃん!」とにこやかにカノンの姿に気付き、駆け寄ったのは順平だった。

「ごめんね。大事な会議前でバタバタしてて…ちょっと待って」と順平が部署内に響くように俺を呼んだ。

俺はカノンの姿に気付き急いで駆け寄り資料をもらう。

中を確認しホッとする。

「ありがとう!助かった!」そう言って席に戻ろうとしたが、お礼に自分の会社を見学していいと伝えた。

俺は会議室に行き新企画を発表した。

カノンは順平に案内されながら会社を見学するが、会議室で発表中の俺を気にして見ていた。

順平は色んなゲームを紹介しているが、カノンの視線の先を追い会議室にそっと連れてきた。

俺はそんな2人の様子に気づかず発表に集中していた。

「…という感じにしました。」と発表を終え、緊張感のある沈黙になる。

社長がゆっくり俺を見る

「金井…よく頑張ったな。正式に発売できるよう進めていけ!」と席を立ち会議室をあとにした。

俺は深く頭を下げ「ありがとうございます!」と感謝の気持ちを声に出した。

他の人達も拍手をし「おめでとう」と言う声が鳴りやまなかった。

俺は顔を上げゆっくり通路側を見ると、順平とカノンがいて、順平は嬉しそうに見ていた。

俺は2人に駆け寄り順平とハイタッチした。

カノンはキョトンとした顔で見ていた。

「カノン。ありがとな。おまえが資料を届けてくれたおかげで、仕事が成功した。本当にありがとう」と伝えたが。

カノンは黙ったまま俯き、帰ろうと歩き出した。
「カノン。」と呼び止める。

「大丈夫。1人で帰れるから」と俺に振り返りもせず行ってしまった。

俺は、不思議にカノンの寂しそうな背中を見つめ「どうしたんだ?あいつ…」

順平は「たぶん。惚れちゃったんじゃねぇの…?輝いて仕事をする翼に」とわかったような口で言った。

カノンが俺に惚れた…?

まさか…と俺は言葉を濁したが、順平は会議中の俺を見ていたカノンの目が恋する乙女のようだったと話していた。

俺はその日、仕事をいつもより早めに切り上げ退勤した。

自宅に戻る。電気は点いているがカノンの姿がない。

「カノン…?帰ったぞ〜」と浴室のドアを開けると、バスタオルを巻いたカノンがいて、俺は慌てて「ごめん!」と言ってドアを閉めた。

浴室のドアにもたれかかり

「き…今日はありがとな。無事に帰って来れて良かった…お礼に…」ゴンっと浴室のドアが俺の頭にあたり「痛ぇっ!」と振り返るとカノンがルームウェアを着て出てきていた。

「最低!エロ親父!」と頬を膨らませ俺を睨む

え。エロ親父って…このガキ〜とカチン!っと来たと同時にちょっと焦ってた。

「ごめんって。唐揚げ買ってきたから機嫌なおしてよ〜」俺は冷や汗ものだった。

カノンはムッとした顔で唐揚げを取り、リビングのソファーに座って唐揚げを食べ、少し微笑む。

俺はカノンの向かい側に座り
「機嫌…なおしてくれた?」と少し上目遣いに聞いた。

カノンは唐揚げを食べながら、またムッとして口を尖らせる。
「それとこれとは別!」と俺が冷蔵庫から持って来た缶ビールを取りゴクゴク飲む。

俺はア然としてしまった。

カノンは缶ビールを返してくれたが、半分程減っていた。

「もう、寝る!おやすみ」低い声で言った後ベッドへと戻ろうと立ち上がり少し歩いて立ち止まった

「企画…上手くいって良かったね。かっこ良かったよ」と言い残し歩いていく。

え…?今、何つった?
俺はカノンの目の前に行き
「カノン!今、何て言った?もう1回言ってくんない?」とニヤけながら

カノンは俯き「企画…良かったね」

違う「そのあと!」目を輝かせ期待した。

「何も言ってない!」ちょっとカノンの頬が赤い。そのままベッドへと入って行った。

俺は、何だか嬉しかった。
「おやすみ」と声をかけたが返答のないまま布団に入るカノンは、俺に見えないところで微笑んでいた。

ソラともし一緒に住んでたらこんな会話してたかな…?と。ふと思いながらソファーに横になって、ソラとの新婚生活をイメージした。

料理を作ってる俺がいて、掃除をしたりするソラがいて、ソラが俺に微笑みかけている。
ソラが俺を呼ぶ「つーさん…」って。

あれ?ソラは俺の事「つーさん」なんて呼んでたっけ…?と考えていると、遠くから俺を呼ぶ声がする

「つーさん!つーさん!」俺を揺さぶり起こすカノンに目を覚ました。

「遅刻するよ?」と時計を俺に見せてきた。

俺は目を疑った。7時半を回っていて、慌てて家を飛び出した。

いつもより1本遅い電車だが、まだ間に合う。

満員で電車の中はギューギュー詰めだ。

俺はこれが嫌でいつも1本早い電車に乗っていた

遅刻では無かったが、いつもより遅く会社にたどり着き、ふうっとため息をつき席に座った。

順平が声をかけてきた。
「つばさ〜おはよ〜いつもより遅いじゃん」

「あ〜寝坊した」と。自分に呆れていた。

「珍しいなぁ。おまえが寝坊なんて。企画が通って浮かれてんじゃねぇのか?」と順平が俺を覗き見る。

「そんな事はない」と言葉を濁した。

俺は気持ちを切り替え仕事を始めた。