ストッキング、スカートをはいて、少し考えてから普段着として買った白いブラウスをジャケットの下に着た。これで少しはリクルートスーツっぽく見えないかな、と全身鏡の前でチェックする。
 そしてお葬式でしか使ったことのない黒いクラッチバッグにスマートフォンと財布を入れて、部屋の鍵を手に取った。そこで再びスマートフォンが振動し出した。手に取るとやはりお父さんからのメールで、今到着したと短い文章が届いた。
 靴箱からリクルートスーツとセットで買ったパンプスを取り出して履くと、クラッチバッグを握りしめて部屋を出た。ちゃんと鍵を閉めて、エレベーターではなく階段で一階に降りる。
 アパートの出入り口前には黒い車が停まっていた。後部座席は窓が空いていて、お父さんが顔を覗かせていた。目があった瞬間、お父さんの顔は驚きと呆れに変わっていった。気にしないで私も後部座席に乗り込んだ。
 会社の車のようで、小さい車だ。運転席にはスーツを着た若い男性がいた。私がシートベルトをしたことを確認すると、無言で車を発進させた。

「さくら子ちゃんや」
「お父さん、久しぶり。元気してた?」
「お父さんは元気だったよ。じゃなくてだね。パーティードレスを買ってって言ったよね?何それ、スーツだよね?」
「うん、スーツだよ」

 お父さんは再び目元に手をやって考える人のポーズになった。
 私は特に気にせず流れていく風景を楽しんでいた。大きな道路にはいる頃、お父さんは1つ大きな溜め息をして呟いた。

「さくら子ちゃん、その格好だと完全にお父さんの秘書に見えるよ」
「…それで何か不都合があるの?」
「いや、もういいや。今日のパーティーは美味しいご飯も出るからね。お腹いっぱいになったらホテルのロビーで休みなさい。いいかい、変な男に着いていったらダメだよ」
「お父さん、私もう大学生だよ」
「さくら子ちゃんは猫みたいだから、おもしろそうだと思ったらフラフラついていくだろう?」

 私は何も反論できなかった。私と1週間関わると大抵の人間は、猫のような気まぐれさとマイペースさを持つ女だと、私を表現する。
 自由気ままに絵を描いて暮らしたい。それはとても難しくて、そんな風に生きれるのはごく一握りの人間だけだけど、そうなりたいと望む。好きなものを好きなだけ、嫌いなことは必要最低限、そうして生きたい。
 ふと、右手の小指側に白い色が見えた。しまったと思った。絵の具が手についている。落とし忘れたのか、気がつかなかった。