マリアンヌ達は、その日夜遅くに屋敷に帰ってきました。父はもうすでに寝ていて、メイドのサリーが出迎えてくれました。三姉妹は、それぞれの自室に引き上げました。マリアンヌはサリーに、妹たちの所に行くように言い、後の着替えはじぶんでしました。頭にたくさんのピンを指して、痛くなっていたので、こめかみをさすりながら髪の毛を下しました。そして、複雑な着方のドレスを脱いで、ネグリジェ姿になりました。ベッドに入り、今日はホトホト疲れたと思い、寝ました。

翌日、五人の姉妹たちは、大食堂でめいめい朝食を取っていました。五人の姉妹うち、二人は女学校に通っていて、今は夏休み中です。この夏休みが終われば、それぞれの学校に戻ります。マリアンヌは、休みの間は、下の子達の世話をしなければなりませんでした。家庭教師を雇うお金はないので、代わりとなりました。
午前中はそのため、二人の下の子たちの勉強を見ていました。マリアンヌは外国語や歴史などは、得意なのですが、数学は苦手なので、悪戦苦闘しました。
特に、末っ子のポリーは、勉強が苦手で、ジッと座りたがらないので、大変でした。すぐに外に行って遊びたがるので、落ち着けるために、この後、公園に連れていってあげる、などと言わなければなりませんでした。
マリアンヌは、こんな風に家庭教師の真似事をしていたら、いつか家庭教師になった時に役に立つかも、と思いました。実際、教えることは、まあまあ好きで、小さい子の面倒を見るのは得意でした。
そうこうしている間に、お昼がやってきました。マリアンヌは、ケイトとポリーと共に、お昼を食べに下に降りました。そして、サンドイッチを食べ、三人でテラスパークの方へ歩いて行きました。通りには、いろんな人でごった返していました。マリアンヌたちは、本屋へ入って行きました。
「それぞれ好きな本を買っていいわよ」と伝えましたが、マリアンヌは、自分の本は買わないでおこうと決めました。店内をうろうろ歩き、何か良さそうな本はないかと見ていきました。一冊の本が見つかり、それを見てみると「女性の生き方」についての本でした。興味を惹かれて、ページをめくってみると、それは女性改革の本でした。今、女性達の間で評判になっているアメリカ人のマーガレット女史が描いたセンセーショナルな提言の本でした。つまり、女性は自分らしく生きよ、というのです。女性は男性のに依存したり、妻になるために頑張るのではなく、自らの幸福のために闘うのだ、という本でした。もちろん男性や年配者からは、大ひんしゅくを買っているので、取り扱っている本屋もかなり少ない状態でした。実際、この本屋でも、ひっそりと本棚に入れられ、見つからないような感じで置かれていました。マリアンヌは、面白そうと思い、夢中で読んでいました。
すると、誰かが「やあ」と声を掛けてきました。マリアンヌが、本から顔を上げてみると、声の主は、コスナー氏でした。
「まあ、びっくりしたわ。」とマリアンヌが驚いて言うと、コスナー氏は、「昨晩は、どうもありがとうございました。おかげで楽しい一夜を過ごせました。昨晩は、よく眠れましたか?」と尋ねてきました。
「ええ、よく眠れました。おかげさまで。この辺りにお住まいですの?」
「ええ、メイフェア通りに住んでいます。マクレーンさんもこの辺りに?」
「はい、ここから15分のところに。」
「そう言えば、何の本を読んでいるのですか。」とコスナー氏が尋ねてきました。
マリアンヌは、少し顔を赤らめて、「これです。」と差し出しました。コスナー氏は、本を手に取ると、表紙を眺めてそれから、パラパラとページをめくりました。
「これは、女性参政権の本ですね。こういう本に興味があるのですか。」
「いえ、たまたま手に取っただけです。面白そうなので。興味はよくわかりません。」とマリアンヌが言うと、コスナー氏はニコッと笑って、「なかなか面白そうな本です。僕も興味を惹かれました。お買い上げになるのですか?」
「いえ、買いません。」
「それじゃ、僕が買ってもいいですね。」そう言うと、コスナー氏は、本を持って店主のところに行きました。マリアンヌは、唖然とした顔でコスナー氏を見ていました。女性参政権の本なので、たいていの男性はこの種の本を毛嫌いするのです。それをわざわざ買うなんて。コスナー氏は変わっている、と思いました。本を携えて、コスナー氏が戻ってきました。
「今日はいい本に出会えました。どうやらあなたと会うと、何か楽しいことが起こるようだ。そうだ、我々も友人になったので、近々あなたを私の家にご招待してもよろしいですか。」
「ええ、構いません。喜んでお受けします。」
「それは、よかった。では、これで。」
そう言うと、コスナー氏は去っていきました。