振り向いたらあなたが~マクレーン家の結婚~

マリアンヌはそれからスコットランドへの出発まで忙しく過ごした。
エリザベスの家庭教師は週に2回はあったし、ジョンの勉強も週に1回見ていた。荷造りもしなければならなく、引越の手配や、処分する家財道具、使用人たちの進退についても決めなければならなかった。
引越作業は、いくら姉妹で手分けしてやっても、中々進まなかった。特に末っ子のポリアンヌと次女のリリーは、持ち物を見ると、いちいち気を取られ、はかどらなかった。おかげで、二人だけいつまでも部屋が片付いていなかった。
マリアンヌはエリザベスの授業も大分うまくいくようになってきた。エリザベスは飲み込みが良く、マリアンヌに懐いてくれるので、楽しく授業ができた。
苦手な数学もマリアンヌは一人で何とか頑張って予習しておき、エリザベスもがんばってついてきてくれた。
エリザベスは、マリアンヌがスコットランドに行くと言うと、とても悲しんで嫌がった。涙をぽろぽろと流し、止まらなくなってしまったので、授業を中断しなければならかった。
マリアンヌは、何とかエリザベスを慰め、最後には納得してくれた。そして、次の夏にはエリザベスもスコットランドに訪問することになった。
約束よ。マクレーン先生。絶対にスコットランドに訪れるわ。楽しみよ。」
「ええ。私も楽しみだわ。色んな所に一緒に行きましょうよ。」
「私、スコットランドは初めてなの。行ってみたかったので、嬉しい。」エリザベスは、若い子らしい好奇心であっという間に元気になった。
一方、ジョンの方もアルファベットは最後までできるようになっていた。こんな短期間でできるようになるとは、かなりの天才かもしれない。ジョンの最初の反抗心は、授業が進むうちに徐々に身を潜め、代わりに、勉強に興味を持つようになった。自ら進んで、勉強をやりたがり、積極的に質問してくるようになった。
マリアンヌの家に来ると、使用人風呂を使わせてもらい、きれいにした。マリアンヌはジョンを弟のように感じた。ジョンは、マリアンヌの家で、お菓子をたらふく食べたので。
最初の頃のやせ細った体は、大分普通らしくなった。あくる日、ジョンにマリアンヌがスコットランドに行く事を話すと、心底驚いた。
「えっ、本当なんですか。」
「ええ、本当よ。1か月後に行くの。急な話でごめんなさいね。あなたとはもっと一緒にいたかったわ。」
ジョンはショックを受けた顔をして、固まっていた。泣き出すまいと堪えていたが、マリアンヌに抱きしめられると、ポロリと涙を流した。しばらくして落ち着くと、「先生、行かないで下さい。」と言ってきた。
「ごめんなさい。それはできないわ。ロンドンも好きだけど。家の事情でスコットランドに行かなければならないの。」ジョンはマリアンヌから体に話すと、少し考えてからこう言った。
「僕もスコットランドに行きたいです。」ジョンの申し出に、マリアンヌは驚き、「えっ。何を言っているの?」ジョンはそれからモジモジと体を動かし、ためらいがちに言ってきた。
「僕も使用人としてこの家に雇わせてもらえませんか?」マリアンヌはびっくりして、「まあ」と言った。ジョンは断られたらどうしたのと、下を向いていた。マリアンヌはそんなジョンの様子を見て、しばらくしてからこう言った。
「まあ、もちろん、いいわよ。あなたをぜひ雇いたいわ。でもね、実はというと、我が家はそんなにお金がある家じゃないの。スコットランドに行くのもそのためなの。あなたを雇いたいけど、・・。」
「大丈夫。お金いらないから。食べ物を食べさせてくれるだけでいい。」
「僕、今のままの生活をしていても、生きていける自信がないし。先生に出会ってから、初めて人間らしい生き方って何かわかったんだ。先生と離れて、また元のあの暮らしに戻りたくないよ。どうせ、盗みでもしなきゃ生きていけないし。」
マリアンヌはそれを聞いてジョンの言うことは最もだわと思いました。
ジョンをまた元の暮らしに戻させるわけにいかないわ。
この子は、天涯孤独なのよ。親代わりが必要だわ。今ここで彼を見捨てたら、彼はもっと悲惨な人生を送ることになるわ。
私がせっかく教育を施したのに、それも無駄になってしまう。彼があのスラム街で私から得た知識を役立てることもないだろうし・・。私の元に来てもらい、私がさらに教育を受けさせれば、ジョンは立派な人間になれるわ。
そうよ、決まり。そう思うと、マリアンヌはジョンの方を向いて、にっこり笑いこう言いました。
「名案ね、ジョン。すごいわ。そうしましょう。あなたはこれから我が家の従者見習いよ。」すると、それまで不安そうだったジョンの顔がパッと明るくなり、「本当?!僕、従者見習いになれる?」と尋ねました。
「ええ、本当よ。ジョン。すっごくいい案だと思うわ。そしてついでに、お勉強も続けましょう。そしてゆくゆくは執事よ。」そう言うと、ジョンは喜びを爆発させ、部屋中をグルグルと駆け回りました。
ジョンは、ついにあのスラム街を抜け出せることができると思うと、うれしくて仕方がなかったのです。それにこの家族も、マリアンヌも大好きだったから、それを手放さないで済んだのです。ジョンは、グルグル回り、やがて気が済むと、マリアンヌのところに来て、「先生、どうもありがとう。」と照れくさそうに言いました。
そんなジョンの様子を見て、マリアンヌもにっこり微笑みました。

マリアンヌは、ジョンが帰ってから、自室で片づけをしていました。ジョンがこんなに自分に心を開いてくれて、心底嬉しく感じていました。ジョンが我が家に来て、スコットランドで暮らすのは、どんな感じになるだろうとワクワクしながら想像しました。
それから、荷造りの続きをし、マリアンヌは部屋をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしながら忙しく過ごしました。やっと終わると、ふうとため息をついて、椅子に座ってぼんやりと考え事をしました。また心に浮かんでくることは、コスナー氏のことでした。
マリアンヌは日中忙しくしているときは、忘れられるのですが、ふとした時や、夜眠りにつく時など、コスナー氏との喧嘩を思い出して、心がポッカリ空いたような苦痛を感じました。
怒りはとうの昔に過ぎていましたが、このままコスナー氏と別れるかと思うと、悲しさと寂しさを感じました。でも私はスコットランドに行くんだし、それは変えられないこと。
私だけ意味なくロンドンにいられないわ。
未婚の貴族の女性がロンドンで一人暮らしをすることは、考えられないことでした。ロンドンとスコットランドはすごく遠いもの。そう簡単には、行き来できないわ。コスナー氏は結婚する気はない、っときっぱりと言ったわ。
ダラダラと彼と付き合い続けても、意味がないわ。彼のことは好きだし、愛を感じるけど、諦めなきゃ。仕方がないことよ。彼とはこのままお別れね。喧嘩したままで終わるのかしら?
最後にさよならでも言っておく?言っておくべきかも・・。