振り向いたらあなたが~マクレーン家の結婚~

ケヴィンは、そこに長い間、手を組んで頭を垂れて座っていた。まさかこんな喧嘩別れになるとは思っていなかった。
今日はマリアンヌが久しぶりに訪ねてくれたから精一杯歓迎して楽しいものにしようと思っていたのに。
ケヴィンは、夜になっても不快な感情が収まらず、夕食はむっつり食べ、ずっと深夜はウイスキーを浴びるように飲んだ。何とか気を紛らわせようとしたが、イライラした気持ちは収まらなかった。マリアンヌは結婚したかったのだろうか?全然気付きもしなかった。
まあ、未婚の女性は誰でも結婚したがるものだ。最初に会った時も、王室の誕生会に来ていたし、恐らく夫を探しに来ていたのだろう。ああ、これだから未婚の女性に手を出すんじゃなかった。
いつも戯れて遊ぶのは、ダンサーや女優なのに。
しかし、マリアンヌとは自然にそうなってしまったし、考えて行動したわけではなかった。自然と惹かれたのだ。
ちょっと軽く付き合おうとしただけなのに、彼女の魅力に魅せられて、どんどん深みに入ってしまった。すっかりマリアンヌと一緒にいるのが自然で楽しいものと思っていた。
別れを突きつけられて、当然だな。自分には結婚する気がないのだから。あの男のせいで。
母を苦しめたあの男と結婚制度を何よりも憎んでいた。
ケヴィンは、父の事を思い出すと、余計むしゃくしゃした。ケヴィンの父は、国中のほとんどの者にとっては秘密で、2~3人を除いて知られていない。ケヴィンの父は、国中で誰よりも恐れ、崇められ、尊敬されている男だった。そう、イギリス国王ジョージ6世だった。
一方、母はジョージ6世の正妻ではなかった。つまり、愛人だったというわけだ。母は貧しい家庭に生まれ、物心ついた時から、宮廷で働いていた。
主に、王族の身の回りを世話する者として。ケヴィンの母は、美しいと評判だったらしい。また気さくで明るかったため、世の殿方からたくさん求愛されていた。そして父もまた母に夢中になった。
正妻のキャサリン妃がいながら。母は、そのうちケヴィンを身ごもった。ジョージ6世は、その後数年間は、ケヴィンと母のために立派な屋敷を与えてくれ、たくさんの金をやった。そして時々やって来た。
子供心に父の事は大好きだった。しかし大きくなるにつれ、父はいい人間ではないことを嫌というほど知らされた。とても気分屋でわがままで暴君だった。それは絶対的な存在という立場から来ているものだった。
母に暴力を振るうことはなかったが、臣下の者や陳情に訪れた国民を冷たく扱うことがよくあった。
そんな父の姿を見ているうちに、少年ケヴィンは大いに傷つき、父に心を開かなくなっていった。なつかなくなっていったケヴィンを父は疎ましく思い、母にも会わなくなった。
母はしばらくとても悲しんでいた。毎晩涙を流していた。幸い、ケヴィンのせいよ、ということはなかったが、とても辛そうだった。母が何年間もつらい思いに苦しんで、本当に明るくなったのはここ最近のことだった。そして、ケヴィンは父の正妻のキャサリンが自分と母を強く憎んでいることを知った。ケヴィンは父の計らいで、時々王宮のイベントや家族だけの催しに参加することがあった。初めて会ったのは、父ジョージ6世の即位を祝った祝賀会であった。
通された部屋に入り、大勢の人と一緒にいると、青ざめた顔で憎しみを隠そうとしない目をした女性がいた。ケヴィンはびっくりしてしまった。慌てて母のスカートの陰に隠れた。ケヴィンの様子を見て、母はケヴィンが怯えている人物を見た。
母はハッとした顔をして、慌ててケヴィンを部屋の奥へ連れていった。
しばらくすると、父ジョージ6世がやって来た。一同は、部屋の中央にある食卓についた。食卓では次々に料理が運ばれて盛大なものだった。ケヴィンは子供は自分だけだろうと思っていたが、テーブルにもう1人少年がいた。年は自分よりも下で、体も一回り小さかった。
彼は少々病弱そうな、線の細い印象をした男の子だった。後で母に聞くと、彼はジョージ6世の唯一の跡取りらしい。つまり次の国王だ。
ケヴィンはそれから何回かそのような催しに参加し、その少年と少し話す関係になった。(というよりも、そのような集まりには、同じ年頃の男の子が彼とケヴィンしかいなかった。)しかし、それほど親しくはならなかった。彼は嫌な奴ではなかったが、ケヴィンが誰の子供かよく分かっているらしく、親しくなろうとは絶対にしなかった。恐らく母親に禁止されているのだろう。
そうして、ケヴィンはいつも自分を憎んで見つめてくるキャサリン妃と、決して仲良くなれない次代の国王に会うのに嫌気がさして、青年期になると、そういう催しには決して参加しないようになった。父との関係も険悪になり、会話もしない関係になった。
しかし、大学卒業後、たまたま受けた就職先、国立取引所が受かるはずがないと思っていたのに、合格してしまった。ケヴィンは父の差し金ではないだろうかと疑って、思わず蹴ってしまおうかと思ったが、ここに勤めて、父の政治を内側から変えていくのもおもしろそうだと思い、黙って勤めていくことにした。
そしてその目論見は、成功とはとても呼べないが、少しは進歩していた。父の圧政に苦しんでいる国民に少しでも金が行くようにケヴィンは日夜熱心に働いていた。
そしてスラム街への調査を進めて、のちのち大学で研究したいと思っていた。その志は、道半ばだった。
そして、あの日、義弟のジョージ7世の生誕25周年の記念祝賀会が宮廷で開かれた。
ケヴィンは最初参加しないつもりだったが、父の従者が来るようしつこく頼んできたし、自分もそろそろ王宮の見聞をもう少し知っておこうかと思うようになってきた。
祝賀会は、貴族のほとんどを呼んだ盛大なものだった。
ケヴィンはたいして知り合いもいないし、弟が憎いわけではないが、大して親愛の情があるわけでもないので、あまり楽しめなかった。弟に二言、三言お祝いの言葉を述べ、弟もそれを受けた。
弟は嫌そうにも、嬉しそうにもしなかった。昔からあまり感情のない男だった。そこで、ケヴィンは手持ち無沙汰になったので、大広間を抜け、廊下を歩いた。そこでマリアンヌと出会った。
マリアンヌはとても綺麗だった。今から思うと、ひとめぼれだった。
マリアンヌに出会ったことで、この祝賀会に参加してよかったと思った。もしかしたら運命だったかもしれない。
運命など信じないが。でもそれぐらい強烈に出会いだった。
マリアンヌとこんな喧嘩をするとは思わなかった。まさか、これで終わりじゃないだろうな。多分。