振り向いたらあなたが~マクレーン家の結婚~


それから、マクレーン家にジョンがやって来るようになりました。浮浪児のジョンが来ることを最初、姉妹たちは快く思っていませんでした。
特に、2女のリリーと3女のメアリーは、とても嫌がり、マリアンヌに抗議に来たほどです。マリアンヌは何とか二人をなだめ、これは家庭教師の仕事の経験を積むためよ、一時的なものですぐ終わるわ、と言い納得させました。ジョンは、確かに、清潔な身なりをしていなかったので、マリアンヌはジョンが来た最初の日、お風呂に入らせ、清潔な服を着させました。
ジョンをそれから自室に連れていき、授業をさせました。ジョンは、マクレーン家を物珍しそうに見つめ、ほとんど好奇心が体からあふれ出しそうでした。
しかしそのような態度は出さないように努めているからか、目以外は、あまり感情を出しませんでした。ジョンを椅子に座らせ、本とノートを目の前に置きました。「さて、はじめましょうね。私の授業に付き合ってくれてありがとう。」そう言うと、アルファベットのカードを取り出し、机の上に広げました。それには、可愛らしい絵が描かれていて、楽しく勉強できるようする教材でした。
「アルファベットはわかる?」
「いや。」
「じゃあ、今日はアルファベットをしましょう。私たちの言葉は、この記号ですべて表せる事が出来るのよ。最初は、難しいかもしれないけど、慣れれば自由に使いこなせることができるわ。まず、最初の記号は、これよ。」そういう「A」の札を見せました。
「これは、エーよ。エーという発音は、この記号を使うのよ。」「そして、リンゴとかアンドとかにも、このAを最初に使っているわ。」
ジョンは、Aのカードを見つめました。
「読み上げてくれる?」
「エー。」
「そうよ。その通り。もう一度言いましょう。エー。」
「エー。」
「そうよ。そうよ。」「じゃあ、Aが初めにある単語は何だろう?」
「アプローチ」
「そうよ。アプローチもAが最初ね。他には?」ジョンはしばらく考えてから、
「アクロス、アビゲイター、エンジェル」等と言いました。
「そうね。それらはAから始まるわ。すごいわ。よくできているわ。」そう言って、マリアンヌとジョンの二人のレッスンは続いていきました。終わるころには、ジョンも大分できるようになっていて、Cまで進みました。ジョンは最初に来たときよりも、ずっと目がキラキラとしていました。もちろん、顔には疲れが浮かんでいましたが。ジョンは、「また来るよ。」と言って、廊下をバタバタと走っていきました。

それからというもの、マリアンヌは忙しい日が続きました。
ジョンとエリザベスの授業で、毎日クタクタでした。
特に、エリザベスのは、予習しておかなけらばならなかったからです。でも、心はとても充実していました。マリアンヌは案外自分は、貴族の婦人になって、優雅に暮らすよりも、こういう仕事のある生活の方が合っているのではないかと思うようになってきました。
別に貴族に生まれたからって、貴族と結婚しなければならないということもないわよね。
それどころか、このままこの生活でも。ま、今のところは、うまくいっているだけで、先の事はわからないけど。あっ、そういえば、コスナー氏の事はどうしよう。すっかり忘れていたわ。最近、忙しくてずいぶんとご無沙汰だったわ。彼はどうしているかしら?それよりも私たちの関係って恋人なの?
よくキスをしたり、抱き合っているけど、それ以上の関係には進んでないわ。私、これからスコットランドに行く予定なのに、彼の事はどうしよう。別れることになるのかしら?
きっと、そうよね。スコットランドとロンドンでは遠すぎるもの・・。彼に愛を告白されたり、結婚を申し込まれたわけでもないし。あんまり期待しすぎると、後で傷つくわ。
そろそろ、彼に会うべきな気がする。お便りを出しておこう。そう思うと、マリアンヌは羽ペンを取り上げ、紙にサラサラと書き始めました。