呆然自失とした気分で寮に戻ってから、わずか一時間ほどのことだった。私の感情、めまぐるしすぎはしないか。そんな風に軽く問いかけてみたら、また笑いがこみ上げてきた。

「あ、詩音見てたの~?」
「アタシ達のこと、高みの見物してたわけ?」
「ええやんか~。ウチも好きな人のこと見てたわけやし」
「ん?」
「好きな人?」

…しまった。そう思ったのは、三秒ほどの時間を持ってからだった。

「…わっ、か、勘忍して! 今の忘れて!」
「忘れてって言われると…」
「忘れられないんだよね…」

二人が顔を見合わせる。…足元にはっきりと、大きな穴が見えた。

「誰なの?」
「教えてよ、詩音」
「そ、それは…」

あの場にいたなら、恐らく二人は感づいていただろう。だけど二人はきっと、私自身の口から聞きたかったのだ。…こうなればやけっぱちだ。私が二人を手伝ったんだから、今度は二人に手伝ってもらおう。

「…尾張先生」

アニメならば建物全体が揺れるような絶叫が部屋にこだまする。

「ちょっと、声大きいって…」
「ゴメンゴメン、でもびっくりしちゃって…」
「だって先生だよ? 教師と生徒って…禁断な感じしかしないんだけど…」
「まぁ…それはそうやねんけど…」

星は出ていたが、月は出ていなかった。私を取り巻く物語は、新章に突入しようとしていた。