恋人同士になった。その実感を持って歩く道は、どこであろうと、ふわふわしてて、暖かくて、かけがえのない思い出を作れる場所のように思えた。

「詩音」

その呼び方も、くすぐったくて、顔が赤くなってしまう。

「…ちょっとだけ、嘘ついちゃったことがあるんだ」
「…嘘?」
「…詩音のどこを好きになったか、全然分からないわけじゃない。思い当たる節があるんだ」
「…何ですか?」

恐る恐る尋ねる。

「…最初の頃、僕は詩音と、前に話した図書委員の子を重ねて見てたんだ」

いつか、手塚姉妹から聞いた言葉だった。

「小説を読むにしても、書くにしても、本好きは本好きでしょ? だから、重ねちゃってたんだ」

あの話を聞いた時から、先生の恋愛感情が純粋なものであることは百も承知だった。純粋な分、きっと忘れられなかったのだろう。

「でもね、ある時気づいたんだ」

歩幅の揃っていた二人の足並みが、ふと、止まる。

「あの子のことを思い出しても、詩音のことを思っていられる。それってきっと、その子への気持ちを、詩音のことを思う気持ちが超えたからなんじゃないかなって」

恋に慣れていないからだろうか、先生の言葉の一つ一つが、ピンク色のシャボン玉のように空に浮かんでいるように見えた。

「…ありがとね、詩音」