「違うのか?鼻息荒ぇし、牧場から逃げたかと思ったわ」

「なっ、なー!!」


怒りって、限界を超えると、言葉にならないみたいだ。この時初めて頭の血管が切れるかと思った。


そう、ここから人は殺意を抱くのね。
よーく分かった。


「さっさと家に帰れ、ほらよ」

「わ、何よ!?」


男はグイッとあたしに紺の傘を押し付けてくる。文句を言おうと思って男を見ると、男はすでに雨の中駆け出していた。



「ちょ、ちょっとあなた!!」

「今度、ソレ返せよ」


この傘は!?
というか、こんな雨の中、傘もささずに帰るつもり!?
あたしはすでにびしょ濡れだからいいけど……。


ーパシャンッ、パシャンッ

水しぶきを上げ、遠ざかる男の背中を呆然と見つめる。


「まさか、この傘……」


あたしの為に?
傘を置いていってくれたって事??


でも、それ以外に考えられない。認めたくないけど、そこは良い奴なのかもしれない。


今日は、本当に最低最悪な日。


悲しくて辛くてむしゃくしゃしてたけど、あの人に怒鳴ったおかげで、少しスッキリした。


「って、返せってどうやってよ……」


あたし、あなたの連絡先知らないのよ?
もう、会えないのかな……。


あたしは傘の取っ手をギュッと握る。


別に、会いたいわけじゃない。
顔なんて見たくないし、酷いことばっかり言われたし…。


なのに、どうしてだろう。

あの憎まれ口を、もう聞けないのだと思うと、少し寂しかった。