「覚えてないんですか?」


寒いのに、木下が1リットルのペットボトルのお茶をがぶ飲みする。


翌日、夜。


仕事が一区切りし、気分転換で、那住はひとり、銭湯に行っていた。


もちろん部屋に風呂はある。不具合があるわけでもない。


たまに入る広い風呂が好きなのだ。


木下と直見は、軽く片付けて、施錠して帰るだけだ。


茅島は先に帰っていた。


「この前呑んだときも、先生が、酔い潰れた直見さん、

おんぶして家まで送り届けたんですよ?」


「そ、そうなの??」


自力で帰ったわけではなかったのか。記憶がないわけだ。


「それにあのとき、巧さん?でしたっけ。来られたときも、ただの

焼きもちだと思いましたけど」


「やきもち?なんで??」


木下が呆れる。


「本当に、鈍感な人ですね。覚えてない上に、気付いてないなんて。

他のことは完璧なのに、先生が気の毒です」


「そんなこと言われても」


ふう、とため息をつく木下。


困惑する直見。


「とにかくこれ以上は、僕の口からは言えないんで、直接聞いてみるか、思い出すなりしてください」


呑んで帰ったあの日、


やはり何かあったらしい。


確かに何かを言われて返した記憶はあるのに。


肝心の内容が飛んでいる。


「そういえば、木下さん、巧堅持って知ってます?その、この前の人ですけど」


「ああ、うちもお世話になってる出版社に、ずいぶん昔、

投稿してたっていう。それなりの腕もあったのに、あと一歩で

選外だったんですよね。あの人なんですね」