「最後…?」


「ええ、厳密には血の繋がった家族じゃないけど」



ハナは壁によりかかり、コーヒーを飲む黒瀬を優しげなまなざしで見つめる。



「あの子は私の婚約者の妹」



「…ていうことは、貴女は」



「あの子の兄の婚約者。名前は黒瀬 誠一郎。なぎちゃんに似て、優しくて正義感が強くて…何度も守ってもらった」



「……でも、最後ってことは…」



「…ええ。彼は、黒瀬誠一郎は、一年前に死んだ」



結婚式の一か月前のことだった。


その日の事は絶対に忘れない。


連絡を受けて病院にハナが駆けつけた時には、もう遅かった。


白い布で覆われた顔


冷たい手


そして、制服にべったりと血をつけて彼を見下ろす黒瀬凪咲の姿。


彼女は彼が死んだその現場に居合わせたのだ。


必死になって助けようとした。


でも、無理だった。


横たわる彼の身体に縋り付いて泣くハナの後ろで、黒瀬凪咲はただじっと二人を見つめていた。



「私はたくさん泣いた。だけど…なぎちゃんは泣かなかった。彼が死んだときも、葬式でも、お墓参りをする時も。彼の事大好きだったのに、じっとこらえて絶対に涙を流さなかった」


「……」


「心配なの、あの子の事が。なぎちゃんって一人で何でもやろうとするでしょう?人を頼る術を知らないんだってあの人は言ってたけど、彼が死んで一層人を頼らなくなったわ。私とも、こうやって話をするのは墓参りの時だけ」


工藤さん



「私はあの子に、苦しみを開放する方法を知ってほしい。人の肩にすがって泣いたり、誰かに弱音を吐いたり…彼女はそれを知らないんです」


「…ど、どうしてそんな話を、俺に…」



困惑する工藤に、ハナはにっこり笑って言う。



「どうしてかしら、私もよくわかりません。でも…貴方は、誠一郎さんに似てる気がする、だからかしら…貴方なら、あの子を救えるかもしれない、そう思ったの」


「九重さん…」


「それにね、あの子がお墓参りに誰かを連れてくるなんて初めてだから」



ふふっと笑いながら、ハナは工藤の目を見る。


まっすぐに。


懇願するように。



「工藤さん。あの子を守ってやってください。一人なんです、ずっと。頼れる人も、頼る術も知らない。お兄さんが死んだときも、その理由を誰にも教えなかった、私にすら。一人でずっと抱え込んでるんです
 あの子はきっといつか危険なことに巻き込まれる。誠一郎さんやあの子の両親の様に」


「え、」



工藤は眉を顰める。


ハナの言葉に不穏な何かを感じた気がした。



「九重さん、彼女の家族は事故死だったんですか?それとも…」


「事故死じゃない。あの子の家族は、」



ハナが真剣な顔で口を動かす。



その言葉が工藤の頭の中で繰り返し、なんども、なんども響く。





ハナは確かに言った。





黒瀬凪咲の家族は



『殺された』のだと。